ジャパンウィンターリーグがすべての野球人に示す未来の選択肢、スポーツ界にもたらす希望
「プロ野球選手になる」。多くの野球少年がいちどは思い描くその夢に、鷲崎一誠は早くから距離を置いたと言う。周囲との実力差を知り、「ここではない」と感じた経験が、彼の野球人生の原点だった。大学時代、試合に出られない時間も努力を続け、自身と向き合った末に選んだアメリカ・カリフォルニアのウィンターリーグへの挑戦で彼が実感したのは、「評価される場所」の重要性。出場機会が与えられ、結果を正当に評価される環境があれば、人は自分の可能性を信じることができる。帰国後、ビジネスの世界に身を置き起業と失敗を経験する中でも、消えなかったのはその時胸に刻まれた感覚だった。「挑戦したい人間に、チャンスを与えられる場を作りたい」かつての自分が欲した場所を、日本につくること。その思いが、ジャパンウィンターリーグの原点。沖縄という土地に人を集め、野球を軸に人々が交差する。それは単なる育成リーグではない。選手、トレーナー、アナリストなど、野球に関わる人間すべてに開かれた「次の一歩」を考える場でもある。応援することで、自分自身も前を向ける。野球に支えられてきたひとりの起業家は今、スポーツが持つ力を信じ、その可能性を問い続けている。
Interview / Chikayuki Endo
Text / Remi Matsunaga
Photo / (株)ジャパンリーグ
Interview date / 2026.01.26
試合に出られなかった4年間。努力の答え合わせに向かったウィンターリーグ

ーー鷲崎さんは学生時代、ご自身も野球をやっていらしたそうですね。
小学校から大学まで、学生時代はずっと野球をやっていました。小学校の卒業文集にも将来の夢は「甲子園に出る」と書いていましたが、実はその時点で「プロ野球選手になる」という夢は、もう諦めていたんです。
小学生くらいの時期って、「プロ野球選手やメジャーリーガーになりたい」と言う子が多いと思うのですが、僕は「自分がプロ野球選手になるのは多分無理なんだろうな」という感覚をその頃から持っていました。
野球をやっている以上ナンバーワンを目指してはいましたが、内心では「野球で飯を食っていくのは難しいだろうな」とも感じていたんです。だから野球だけではなく、勉強面も両立できる学校を、高校大学ともに選びました。
ーー小学生にして夢に対して現実的な印象を受けますが、そう思う理由があったのですか?
小学校5年生から6年生になるくらいのタイミングで転校したんです。転校前にいたチームでは4番でキャプテン。いわゆるエースのような立場で、今思えば完全に天狗になっていました(笑)。
だけど転校先のチームはすごく強くて、僕よりも明らかに上手いやつが何人もいたんです。転校した直後は、「この状況でレギュラーになれるのかな」「同い年なのに、こんなに差があるのか」と感じました。たぶん、あれが人生で初めての挫折だったと思います。その時に、「ここでつまずくようじゃ、プロなんて無理だな」と感じてしまったんですよね。
当時は「努力する」ということもよく分かっていませんでしたし、よく言えば現実的、悪く言えばちょっと賢くなりすぎていた小学生だったのかもしれないですね。
今の自分が父親だったら、「何を言っているんだ、ここから頑張るんだ!」って言うと思います(笑)。でも当時は自信もなかったし、早い段階で諦めてしまうような子供でした。
ーー「当時は」ということは、その後に転機があったということですね。
僕が大きく変わったのは高校時代です。中学時代も決して目立つ選手ではなかったし、推薦で進学できるような選手でもありませんでした。勉強も野球もそこそこ。いわゆる「野球エリート」な子達から見ると、保険をかけているような進路選択だったと思います。
ですが、進学先の佐世保西高校で出会った野球部監督とトレーナーの先生、この2人のおかげで、僕の人生は大きく変わりました。
僕はもともと要領がいいというか、小学生の頃から何かと先々を現実的に考えてしまうタイプでした。そのせいか、「もっと上を目指す」とか「自分の殻を破る」といったブレイクスルーができない人間だったんです。
だけど監督とトレーナーの先生は、そんな僕に「お前はそんなもんじゃない」「もっと自分を破っていけ」「可能性はもっとあるんだ」と、3年間ずっと伝え続けてくれました。2人と過ごした時間のおかげで、人間として大きく変わることができたと思います。
ーー大学まで野球を続けられたのも、そのおふたりの指導があったからかもしれませんね。
彼らに出会っていなかったら、きっと大学野球どころかカリフォルニアのウィンターリーグに挑戦することもありませんでした。適当に選んだ学校に進学していただろうし、大学で野球を続けていたかどうかすら分からないです。
ーー大学は慶應義塾大学へと進学されていますが、そこからカリフォルニアのウィンターリーグに挑戦することになったのはどのような経緯で?
大学まで野球は続けていましたが、在学中、試合に出ることは叶いませんでした。
ただ、先生方のおかげで高校時代に少し自信をつけられていたこともあり、「もう一度、自分がこれまでやってきた野球を試したい」という気持ちがあったので、アメリカ・カリフォルニアのウィンターリーグにチャレンジすることにしました。
もちろん、メジャーリーガーになれるとは思っていませんでしたが、もし独立リーグでも、ある程度の環境の中でプレーできるのであれば、挑戦する価値はあるのではないかと考えていました。大学での4年間、一生懸命練習してきたものの、それを試す場がなかった。その「答え合わせ」をしたいという気持ちが、いちばん大きかったですね。
とはいえ、正直に言うと、野球一本でそこを目指していたわけではなく、同時に「将来的には経営者の道に進みたい」という思いもありました。今振り返ると、ウィンターリーグへの参加は、自分の将来を選ぶうえで必要な場所だったと感じています。
ーー帰国後は株式会社ファーストリテイリングに入社されていますが、就職先はどのような基準で選ばれたのでしょうか。
先ほど少しお話しましたが、大学に入学した当初から「将来は経営者に」という想いを抱いていたこともあり、卒業後は起業することも考えました。ただ、野球をやめてすぐに起業する自信はなかったので、まずはどこかの企業に入って学ぼうと考えたんです。
その軸で選んだのが、ファーストリテイリングでした。「僕にとって日本一の経営者である柳井さんのもとで働いてみたい、経営を間近で学びたい」と思い、就職を決めました。
ーーファーストリテイリングに入社した時点では、将来的に野球やスポーツに関わる起業をしたいと考えていたのですか?
僕は30歳で独立しようと決めて入社したのですが、その時点では野球やスポーツ分野で起業しようとはまったく思っていませんでした。
「3兆円企業であるファーストリテイリングに身を置いて、柳井さんの経営を間近で見られる環境で働くことで、自分もそういう会社を将来作れるようになりたい」という思いだけで、それをスポーツ分野でやるという発想はありませんでした。
ーーそして目標よりも少し早く、29歳で独立。のちにジャパンウィンターリーグを立ち上げています。ですが、1社目に作ったのは先ほど仰っていた通り、スポーツとはまったく違う分野の会社だったそうですね。
最初に会社を辞めて作ったのは駐車場をDXするITの会社でした。いわゆるスタートアップで、上場やM&Aを目指すような、ITベンチャーらしい事業です。
当時はスタートアップ界隈で勝負しようとしていましたが、正直うまくいかなかった。資金調達も難しく、1年間パートナーと必死で動いても、ほとんど売上を作れなかったんです。
このスピード感でIT業界の中で戦っていくのは厳しいなと感じて、結果的にその会社は畳むこととなりました。
ーーそこから、スポーツ事業の世界へと向かっていくわけですね。
1社目の失敗を経て、「本当に自分がやるべきことは何なんだろう」と、改めて考え直しました。
振り返ると、最初の事業はビジネスファーストすぎたと思います。駐車場のフラップ板の問題や精算時に雨に濡れてしまうことは、確かに課題ではある。でも、それを「僕が本気で変えたい」と心の底から思っていたかというと、そうではなかった。どちらかというと「お金を生み出すために合理的な課題を選んだ」という感覚に近かったと思います。
そこで自分の人生を振り返った時に、強く心に残っていたのがカリフォルニアのウィンターリーグでの経験でした。あの時の経験は、僕の人生においてすごく大きかった。
そこで初めて、「ミッションとビジネスは切り離せないんじゃないか」と気付いたんです。駐車場の事業にはミッションがなかった。だけど、ウィンターリーグを日本で作ることには、僕の中ではっきりした意義があります。
日本にはまだ存在しない仕組みを作って、過去の自分と同じような経験をしている選手たちにチャンスを与え、そこから次のステージへと進む選手を生み出していく。
それは、自分の中に強い思いがあるテーマでしたし、同時にビジネスとしても成立させなければいけない。この両方が噛み合った瞬間に、一気に何かが動き出したような感覚がありました。
ジャパンウィンターリーグは「すべての野球人が次の生き方を見つける場所」

ーー先程「ミッション」という言葉もありましたが、ジャパンウィンターリーグはどんな課題を持つ誰のためのリーグなのかを、鷲崎さんのお言葉でお聞きしたいです。
僕は、現在のジャパンウィンターリーグを「すべての野球人のためのプラットフォーム」だと思っています。
ただ、スタート時点ではもっとシンプルでした。自分自身が大学4年生の時、200人以上いる部員の中で試合に出られず、それでも「いちどでいいから自分の野球を試せる場所が欲しい」と思って、カリフォルニアのウィンターリーグに行った。
その原体験に基づいて、最初は「大学4年生、特に試合に出る機会を失っている学生野球選手のためのチャンスの場」として作りました。
ーー当初はかなりピンポイントな課題設定だったんですね。
そうですね。ただ、実際にリーグを立ち上げてみると、同じような課題を抱えている人は、大学生だけではないと分かってきたんです。
高校生にも社会人にもプロにも、「プレーする場がない」「もういちどチャレンジしたい」と思っている選手はいる。さらに言えば、選手だけじゃなくトレーナーやアナリスト、通訳など、野球に関わるスタッフにも同じようにチャンスを求めている人はたくさんいます。
なので、今は「全世界の野球人が、自分を表現できる場所」として、ジャパンウィンターリーグが存在していると考えています。
ーー「野球人」という言葉には、いろいろな定義があると思います。プロ野球選手もいれば、社会人、学生、草野球で野球を続けている人もいる。そのすべてを含む、と考えていいのでしょうか。
はい、そう思っています。
ーーなるほど、そう考えるとジャパンウィンターリーグは単にプレーの場というだけでなく、野球と向き合いながら「自分の人生」を見つめ直す場所でもあるのかもしれませんね。
まさにそうですね。ジャパンウィンターリーグは、野球を通じて自分を見つめ直す機会でもありますし、人と出会う場所でもある。ここでの経験を通して、気付きや人間的な成長といった、それぞれにとって重要な何かを得られる場になってほしいと願っています。
ーー鷲崎さんの過去のインタビューで、「選手として区切りをつける場」という表現も拝見しました。一方で、選手としての自分に区切りをつけながらも、野球人として生きていく場を見出す方もいらっしゃるのではないでしょうか。
その通りです。社会人野球をやっていた選手で、印象的だったケースがあります。
その選手はもともと所属していたチームで戦力外になり、ウィンターリーグに参加しました。本人としては当然「ここで結果を出して次の契約につなげたい」という思いで参加していたと思います。
ただ、参加してから1ヶ月間プレーしたことで、「自分はもう十分やり切った」と本人が感じたそうなんですね。そして彼はリーグ最終日に、「僕はトレーナーになります」と伝えてくれました。
ーージャパンウィンターリーグでの日々の中で、自分の次の道を見つけたのですね。
そうなんです。彼はジャパンウィンターリーグのスタッフとして来ていたトレーナーに弟子入りすることを決めました。たった1か月の中で、自分の職業選択までを決めたんです。
さらに嬉しいことに、その時「いずれトレーナーとしてジャパンウィンターリーグに戻ってきたい」と言ってくれた彼が、次回開催時には本当にトレーナーとして戻ってくれることが決まっています。
選手として参加した人が、新たな立場でリーグに関わろうとしてくれる。そういった循環が生まれ始めています。

ーー立ち上げ当初は、そこまで想定されていましたか?
いえ、正直まったく想定していませんでした。僕自身が参加したカリフォルニアのウィンターリーグは、そういった場所ではなかったんです。少なくとも、僕にとっては「プレーして納得する場」という意味合いが強かった。だから、ここまで誰かにとっての、人生の選択に関わる場所になるとは思っていませんでした。
選手だけではなく、アナリストやトレーナーとしてインターンで参加している若い人たちも、ここでの出会いをきっかけに契約が決まるケースが出てきています。
ウィンターリーグが、プレーの場であると同時に、キャリアの分岐点になり始めている。良い意味で、想像以上の広がり方をしてきているなと感じています。
ーージャパンウィンターリーグは、選手以外の形で野球に関わる人たちにとってのプラットフォームとなっていることも大きな特徴だと思います。
選手以外の方向けには、大きく分けてトレーナー、アナリスト、アナウンサー、そしてスポーツテック関連の、4つの職種の方々が関われる仕組みを作っています。
まずトレーナーとアナリストに関しては、専門学校と提携しています。その学科に所属している学生たちが、実習の場としてウィンターリーグに参加している形です。また、それとは別に「ジャパンウィンターリーグ・ポートレーナー」という企画もあって、こちらは一般応募です。ホームページから応募して、選考を通過した方が参加できる仕組みです。
ーー学生だけでなく、社会人やフリーの方にも門戸が開かれていると。
そうです。アナウンスに関しても同様で、応募制です。いわゆるウグイス嬢になりたい方や、スポーツアナウンサーに挑戦したい方が現場で経験を積めるようになっています。
スポーツテックも同じで、応募していただいて選考を通過した方には、ウィンターリーグの運営に一緒に関わってもらっています。
ーー「野球が好きだけど、選手以外の形で関わりたい」という人にとっては、かなり具体的な入口が用意されているんですね。
野球に関わる仕事には、アナウンス、テック、分析などいろいろな職種がありますが、多くの若い人たちは「やりたい気持ちはあるけど、どこに行けばいいのかわからない」という状態だと思うんです。だからこそジャパンウィンターリーグは「職業選択の場」でもあってほしいと思っています。ここに来ることで、「自分は選手じゃないな」と気付く人もいるし、トレーナーやアナリストとしての適性を知る人もいる。
野球を軸に、これからどう生きていくのか。そのヒントを得られる場所になれたらいいなと思っています。

ーーお話を聞いているとここまで順調に進んできたようにも感じますが、立ち上げ当初は特に、日本にこれまで無かった新しい仕組みを作るうえでの苦労も多かったのでは?
これくらいの規模で新しいことをやろうとすると、たいていは連盟が主導したり、レジェンド選手の名前を看板にして誰かが動いたりするケースが多いですよね。でも、僕の場合は100%この事業に時間もお金もかけて、自分自身が生計を立てなければならない立場でした。だからそれゆえの苦労もありました。
ーーまさに「起業家として」スポーツに飛び込んだ形ですよね。
そうなんです。だからまずは「どうやって売上を立てるのか」この仕組みを作るのが大変でした。企画を立ち上げた当時は東京に住んでいたので、前職からの人脈も一切無い中、ひとりずつ説明を重ねながら、支援者を増やしていきました。
だけど正直なところ、野球界においてもスポーツ界全体で見てもこういった取り組み自体が今までほとんどなかったので、最初の頃は「どこの馬の骨かも分からないやつが沖縄で野球をやるらしい」「野球界で何か始めるらしい」という目で見られていましたからね。
もちろん応援してくれる人もたくさんいましたが、半分くらいは様子見。「お前にできるわけがないだろう」とか、「それ、俺も考えたことあるけど絶対無理だよ」なんてことを、面と向かって言われたこともあります。
ーーなかなか辛辣ですね。
だけどそれで落ち込んでいても何も動きませんからね。そういう時は「そうですよね」と笑って受け止めつつ、心の中では「それは自分が行動していないだけでしょう」と思って(笑)、自分は地道に行動を続けてきました。
ーー続けていくうちに、周囲の反応も変わっていきましたか?
沖縄の方も野球界の方も、少しずつ応援してくれる方が増えてきました。お金を生み出せるようになるまでは本当に苦労しましたが、人にはとても恵まれたと思っています。それは、やっぱりいちど事業で失敗した経験があったからだと思います。
野球界にも、ビジネス目的だけで入ってくる人はいます。でも僕は、「良いことをストレートにやりながら、ちゃんとお金も生む」というスタンスを崩したくなかった。
お金儲けだけを目的にしても、市場も人も振り向かない。本当に良いことをやらないと物事は前に進まないものだと失敗を通じて学んだからこそ、ブレずに動いてこられたと思っています。
ーーそういった鷲崎さんの姿勢が反映されてか、「ジャパンウィンターリーグって具体的にどんなことをしているのか分からないけど、何か良さそうな取り組みだな」と惹かれる方も多いと思うんです。
最初なんてまさにそんな空気感だけで広がっていったようなものだと思います(笑)。
僕自身、誰かの領域を奪うのではなく、このリーグによって野球界全体が良くなっていくイメージを持ってもらえるよう動いてきたつもりなので、それがポジティブな印象に繋がっていたとしたら嬉しいですね。
目指したのは、世界でも類を見ない「選手一人ひとりに向き合うトライアウトリーグ」

ーーちなみに、リーグの開催地を沖縄にすることは最初から決めていたのでしょうか。
これはもう、最初から「絶対に沖縄だ」と思っていました。
リーグをビジネスとして成立させるには、とにかく人を集め続けなければいけません。そう考えた時に、みんなが「行きたい」と思う場所であることが重要だと考えていました。
沖縄って、多くの人が「行きたい」と思う場所じゃないですか?誰もが感じるワクワク感がある場所だからこそ、開催地は沖縄にしようと決めていました。
ーー気候や施設などの条件先行で決めたものだと思っていたので、「ワクワク感」が決め手だったとは意外です。
リーグに参加する選手、トレーナー、スタッフ、スポンサーや関係者の方々みんなが、「沖縄で野球をやる」と聞いて「なんだか楽しそうだな」と心が動く。沖縄という場所ならではのこの感覚がないと、ジャパンウィンターリーグは成立しなかったと思っています。
ーーその「ワクワク感」を重要視する感覚は、ご自身がカリフォルニアのウィンターリーグに参加した時に感じた体験からきているものかもしれませんね。
それはあるかもしれませんね。僕自身、自分の努力を確認する場所に向かう興奮で、アメリカに行く前はかなりドキドキしていました。
大学ではそもそも試合にも出られていなかったので、「出してもらえさえすれば」という思いを抱えたまま、大学での野球生活を終えていました。だからこそ、どうしても自分の中で答え合わせをする場所が必要だった。
日本の野球しかやってこなかった自分の実力が本当に通用するのか分かりませんでしたが、同時に、「野球がベースボールになった瞬間、何か変わるんだろうか」と思いながらの渡航でした。
ーー実際その場に身を置いてみて、どうでしたか?
結論から言うと、野球もベースボールも本質は一緒でした。
もちろん体格の違いはあります。向こうの選手は身長が高くて腕も長い。でも、使っている道具は同じだし球場の規格もルールも同じだから、日本で一生懸命やってきたことをそのまま出せば、結果が出たんです。これは自分の中で、とても大きな発見でした。
「アメリカの野球は、文化的にも技術的にも別物だ」という幻想が、僕の中にあったんです。でも実際はそうじゃなかった。日本で積み重ねてきたものも、ちゃんと通用するんだと分かりました。
僕、アメリカでのウィンターリーグ中に、逆方向へのホームランを打つことができたんです。右打者の逆方向へのホームランという技術的にレベルが高いことを、あの場で発揮することができた。このことは、その後の僕にとって大きな自信となりました。
しかも翌日には、それまで8番セカンドだった打順が4番セカンドに変わって、打席の後ろにはスカウトが20人近く並んだんです。結果を出した瞬間に、評価が一気に変わる。この「記録主義」「実力主義」は、日本ではなかなか見られない光景だなと感じました。
人種も体格も関係なく、結果を出した人間を正当に評価する。この文化はウィンターリーグという仕組みというより、アメリカという文化そのものなんだと思います。「こんな場所が日本にもあったらいいのにな」と思ったのは、その時が初めてでした。
ーーその時の想いが現在のジャパンウィンターリーグの仕組みにも繋がっているんですね。
当時はジャパンウィンターリーグを立ち上げようなんて頭の片隅にもありませんでしたが、いざ自分がリーグを立ち上げようとなった時には、あの時感じた「試合に出ていなかった選手でも、結果を出せば評価される」という感動を反映できる場所にしたいと思いました。

ーー反面、アメリカのウィンターリーグとジャパンウィンターリーグでは異なる点もありますよね。鷲崎さんご自身が思ういちばん大きな違いはどういったところでしょうか。
アメリカのウィンターリーグは、簡単にいうと選手がリーグに参加して、良いプレーができれば契約してゴール。つまりリーグ自体はあくまで「仕組み」なんですよね。
でもジャパンウィンターリーグはビジネスとして運営しているので、「選手=お客様」という視点があります。参加してくれる選手=お客様の期待を把握したうえで、その期待を101%以上で超えなければいけません。
だからこそ、選手一人ひとりが、何を求めてこのリーグに来ているのかを理解したうえで、単なる試合の場ではなく、成長や次のキャリアにつながる「体験」や「機会」を提供する。それが、ジャパンウィンターリーグの考え方です。
それに、アメリカのウィンターリーグはバックに大きな資本がありますが、僕たちのジャパンウィンターリーグはなけなしの資本から始まったわけなので、そこに参加してくださる選手の方々への思いも並々ならぬものがあります。
ですので、名前こそ同じ「ウィンターリーグ」ですが、根本のコンセプトから実は大きく異なっています。世界中を探しても、ここまで選手一人ひとりに向き合い、カスタマイズして運営しているリーグは、他に無いと思っています。
ーーその姿勢でもって5年間リーグを運営してきて、参加選手にとっての「成功」や、ジャパンウィンターリーグとしての成果は、今どのような形で表れていますか?
分かりやすい結果で言えば、この5年間で毎年30人弱の選手が独立リーグと契約していますし、NPBに声がかかりそうな選手も出始めています。年々、リーグ全体のレベルが確実に上がってきている感覚はありますね。
また、NPBから派遣された選手が、ウィンターリーグを経て次のシーズンに大きく活躍するケースも出てきています。そういった「選手のパフォーマンス」という点にフォーカスしても、しっかり成果を出せていると思います。
ーー反面、鷲崎さんが考える「成功」は、必ずしも契約や数字だけではないとも感じます。
そうですね。僕らのゴールは、単にプロに送り出すことだけではありません。参加者数や、参加選手がその後どれだけ活躍しているかはひとつの指標となりますが、僕がいちばん大事にしたいのは、先程も少し触れましたが、選手一人ひとりの期待を超えていくことです。
参加した選手が、最終日に「来てよかった」と納得して帰れる状態をつくること。それこそが、僕らの何より大切な役割だと思っています。
実際、ほとんどの選手が「参加してよかった」と言ってくれます。ただ、それで終わりにしてはいけないというか。ウィンターリーグを終えたあと、あるいは選手生活が終わったあとも、この場所で得たものが参加者の人生に残るものになることが重要だと思っています。
ーー選手としてのキャリアだけでなく、人生の先まで残る経験にならなくてはならないと。
そうです。選手としてだけでなく、例えば野球やスポーツ界に関わる人間として、もし野球界を離れたとしても、この経験が人生における転機になってほしい。
ーー鷲崎さんは、参加選手のことを「お客様」と表現される一方で、かなり近い距離感で向き合っている印象もあります。
参加してくださった方はみんなファミリーだと思っていますからね。開会式でも毎回言うんです。ここにいるみんなが「ウィンターリーグファミリー」だと。実際、息子や兄弟のように感じることもあります(笑)。
参加期間が終われば、立場としては「お客様」ではなくなるけど、そこで生まれた関係性は終わらない。何か困っていることがあれば助けたいと思いますし……。
と言うか、1ヶ月間一緒に過ごすと、自然とそういう気持ちになるものなんですよ。そういう思いは、選手たちにも伝わっているんじゃないかなと思っています。

ーーそういった熱い思いを受け取った方々が、先々のスポーツ界に欠かせない人材になっていくのでしょうね。
そういった人材がジャパンウィンターリーグから生まれていくことが、日本のスポーツ界を変えていく力になると思っています。
ジャパンウィンターリーグ単体で見れば、今の段階ではスポーツ産業に対する売上規模は決して大きいものではありません。だけど僕たちが目指しているのは単に売上規模を大きくしていくことではなくて、日本のスポーツ産業全体を変えていくためのベストプラクティスを発信していくこと。
選手や関係者が、ジャパンウィンターリーグでの経験を持ち帰り、それぞれの場所でまたスポーツ界に貢献していく。その循環をつくることが自分の使命だと考えています。
ーー今後さらにその循環の輪を拡大していくために、さらに事業として大きくしていくうえでの課題は、どこにあると思いますか?
スポーツビジネスの性質上、やはり「お客さんをどう取り込んでいくか」という点は避けて通れない課題だと思っています。
現状のマネタイズは、スポンサー収入と選手の参加費が軸になっています。現在の形でもリーグの経営自体は成立していますが、ここからさらにリーグを大きくしていくためには、観客を入れていくこと、グッズの販売、ファンクラブといった仕組みも考えていかなければなりません。
そうなった時に重要になるのが、ジャパンウィンターリーグが「スポーツとして見て面白いエンターテインメントの場」になれるかどうかだと思っています。
ーー育成リーグ、選手ファーストという軸とのバランスも問われてきそうですね。
まさにそこが難しいところなんです。これまで大切にしてきたのは、あくまで育成の場であり、選手ファーストであること。この軸はこれからも絶対にブレさせたくありません。
一方で、観る側にとっても魅力的なコンテンツにならなければ、ファンは増えないし、事業としての広がりも生まれない。そのふたつをどう両立させていくのかが課題です。
育成とエンターテインメントのどちらかに振り切るのではなく、どう共存させていくか。今はその答えを探しながら、リーグを次のフェーズに進めようとしている段階ですね。
応援とは、「元気の源」

ーー先程「スポーツ界に貢献していくために」という発言がありましたが、今の鷲崎さんは日本の野球界やスポーツ界を変えていきたい想いが強いのでしょうか?
どちらかというと、日本の野球界やスポーツ界というより「世界のスポーツ界の中での日本」というスケールで考えなくてはならないと思っています。
アメリカのスポーツ産業は伸び続けている一方で、日本のスポーツ界は人口減少も含めて、どうしても伸び悩んでいるのが現状です。一体何が違うのかと考えると、やはりいちばんの違いはエンターテインメント性だと思うんですね。
それに、スポーツに本気で関わっている人たちが、きちんと相応の対価を得られる環境をつくらないといけないなとも感じています。
ーー日本のスポーツ興行においては、「ボランティアありき」で成り立っている場面も多いですよね。
野球界も含めて、ボランティア的な関わり方に支えられているケースが本当に多い。でも、僕はそれでは発展しないと思うんです。野球界の中でお金の流れを良くして、関わる人たちが正当に報われる環境をつくる。その結果として、みんながもっと楽しく、前向きに野球やスポーツに関われるようになる。そういう循環をつくりたいと思っています。
ーーアメリカのスポーツ産業が成長している最大の要因もそこにあると?
僕はそう思っています。エンターテインメント性を極限まで高めていること。それが、スポーツ産業としての強さに直結している。
ーーその考え方は、沖縄を拠点に選んだ理由とも重なりますね。
そうですね。やっぱりワクワク感がないと、熱狂は生まれないので。ワクワクが熱狂に変わらなければ、ファンはつかないと思っています。
ーーそう言った意味で、今後ジャパンウィンターリーグ自体も変化していく必要があるのですね。
そういうことです。ジャパンウィンターリーグは、あくまで選手ファーストのデベロップメントリーグですので、その軸は絶対に変えません。ただ、エンターテインメントとしては、まだ振り切れていない部分もある。
育成の仕組みが整ってきた今、次のフェーズとして、どうエンターテインメント性を高めていくか。そこに本格的に取り組んでいくことが、結果として日本のスポーツ界の立ち位置も変えていくことに繋がると思っています。

ーーでは最後に、鷲崎さんにとって「応援」とは何でしょうか。
応援とは、元気の源です。
不思議なんですけど、応援することで、実は自分が元気になっている感覚があるんですよね。ジャパンウィンターリーグに参加した選手たちって、以前は何の関係もなかった人のはずなのに、急にものすごく近い存在になるんです。
それは、その選手自身に愛着が生まれるというのもありますし、「自分たちのリーグから巣立った」という感覚があるからだと思います。そしてそんな選手たちを応援していくために、「自分ももっと頑張らなきゃな」と思わされる。
だから、応援するって、実は相手を応援しているようで、最終的には自分自身を応援している行為なんじゃないかなと思うことがあります。
だから応援は、僕にとっての元気の源。
結局、そこに帰結するような気がしています。
