知識と情熱が導く、東大野球部の新たな景色
SPORTISTが東京大学野球部の真髄に迫るインタビュー特集。
学生野球の最高峰・東京六大学リーグで戦う東大野球部。勝利に手が届かない苦しい状況の中にあっても、その歩みを止めず挑み続ける彼らは、今どのような思いでマウンドに立っているのだろうか。2025年シーズン、チームを率いるのは主将・杉浦海大選手。東大野球部という伝統あるチームの先頭に立つことの意味、組織としての在り方、そして主将としての信念。その根底にある想いを語ってもらった。
Interview / Chikayuki Endo
Text / Remi Matsunaga
Photo / Naoto Shimada
Interview date / 2025.05.14
東大野球部が目指す「正しい野球」とはーー 根性論を超えて勝利に挑む東大の挑戦
ーー杉浦さんの思う「東大野球部のスタイル」は、どのようなものだと思いますか?
まず最初に挙げるべきは、「学生主体」であることですね。監督も僕たち学生の裁量にかなり任せてくださっていて、練習メニューや戦術も学生主導で決めています。特に今年のチームについては、より「正しい野球」を目指していると感じています。
野球界には、まだ根性論や、僕たちから見ると非効率な練習が数多く残っている印象です。でも、うちのチームにはそれが一切ありません。どうすれば正しく、最短ルートで上達し、勝てるのか。これを追求できているのは、部員の自主性を主体とした運営を行っているからこそだと思います。それが、東大野球部の大きな特色です。
ーー杉浦さん自身も、過去の練習を振り返って「この練習は微妙だったな」と思うものはあるのでしょうか。
大学以前の練習について思うところはたくさんあります。僕の出身高校は、走り込みなど根性論に拠るところの練習も多かったです。もちろんそれがまったく役に立っていないとは思いませんが、最短ルートではなかったかなとは感じています。
やはりできるだけ最短で力をつけるのが理想だと思うので、すべてが無駄だったとは思いませんが、効率面では課題があったと今なら思います。
ーー「正しい野球」や「最短ルート」といった点について、東大野球部に入ってよかったと感じることは多いですか?
多いです。入学当初はまだ知識が無い状態だったので、トレーニングやバッティングの理論的な部分も、高校までに上から与えられたメニューをただこなすような状況でした。ただ、いきなり自主性を求められても最初から正しい練習や新しい野球ができていたかというと、そうではなかったと思うので、入学当初はこの形が最適だったと思っています。
そして、インプットした理論や情報を実践する練習を重ねてきたことで、最近はより良い練習をしっかり行えています。上級生になって、ようやく進化がはっきりと見えてきたように感じています。
ーー今のお話の中で「理論」というワードが出ましたが、理論を体系的に学び、練習に取り入れて技術として身につけていくという考え方自体が、高校以前の部活動にはあまり無いように思います。杉浦さんは、そうした理論をどのように学んできたのでしょうか?
先輩に聞くこともありましたし、自分で調べることも多かったです。野球塾のような外部指導もありますので、そういったところにお金を払って足を運び、学んだこともあります。
トレーニングに関しては、今はYouTubeや書籍で体系立てて情報がまとまっているので、それこそ勉強と同じように、書店やネットで調べて学んでいます。野球のスキルについても、YouTubeで発信している方はたくさんいますからね。野球だからといって特別な学び方をしているわけではなく、日頃の勉強やスキルを学ぶ時と同じく、一般的な学び方で吸収している感覚です。
ーー東大野球部に所属する選手の皆さんは、同じように「自分でスキルを高めていこう」という感覚を持っているのでしょうか?
そうですね。自主性を重んじる部ですので、同様の感覚を持った選手が多いと思います。逆に言えば、監督や助監督は基本的に「見守る」スタンスです。具体的に「この動きを直せ」とか「こういうトレーニングをしろ」といった指示はあまりありません。
今はバッティングコーチが2人、トレーナーの方が週に1回来てくれていますが、それ以外はいわゆる「指導者」が常にいるわけではない状態です。だからこそ、自分から学ぼうとしなければ成長できません。僕自身も「うまくなろう」という意識を持って積極的に吸収しようとしていますし、他の選手も同じ姿勢だと思います。
ーーインプットした技術や情報を実際に体現できるようになるまでには多少時間がかかったと先ほど話されていましたが、やはりある程度の時期までは、知識はあるのになかなか思うように動けない、というもどかしい時期もありましたか?
ありました。やはり知識を得ただけでは、すぐに競技力として表れるわけではありませんし、下級生の頃には知らなかった情報源もたくさんあります。「こんなに良い野球塾があったんだ」とか、「そんな理論や論文があるんだ」など、後から知って驚くような情報は多々ありました。今思えば下級生の頃は、かなり無知だったなと感じています。
ーー今お話に出た理論や論文は、どのように調べて手に入れているのですか?
論文に関しては、基本的にはトレーナーやトレーナー志望の詳しい選手から教えてもらうことが多いです。自分で一次資料に当たることはあまりないのですが、彼らが仕入れてくれた論文を聞いたり、それをヒントにしてさらに調べたりといった形で学ぶことが多いですね。
ーーとなると、さまざまな情報源から取捨選択していくことになると思いますが、基本的には「まずはやってみる」スタイルですか?たとえば、今までの理論とまったく違う角度のものが出てきた時などは、どう解釈していくのでしょうか。
やるかやらないかの判断はありますが、基本的には「試してみよう」と思うことが多いです。ただ、僕たちのゴールはあくまで「神宮球場でヒットを打つこと」や「良い守備をすること」です。だから、たとえば「この冬だけでは効果が出ないな」とか、「4年生の今から始めるのは少し厳しいな」と判断したものについては、実践を見送ることもあります。
あとは、神宮で150キロのボールを投げてくるピッチャー相手に、このスイングで本当に通用するのかと考えた時に「厳しいな」と感じたら取り入れません。常に「神宮で活躍するにはどうすればいいか」という視点で、情報の取捨選択をしています。
感覚と理論、両輪で勝利を目指す東大野球部
ーー杉浦さんは、1年生の頃から試合への出場機会も多かったのですか?
いえ、新人戦には出場していましたが、リーグ戦に出るようになったのは3年生からです。それまではベンチ入りするくらいで、出場機会はほとんどありませんでした。
ーーではご自身も出場している選手を応援していた経験があるのですね。
それが、僕の入学した当時はまだコロナの影響で神宮でも声出し応援ができない時期だったんです。だから、応援といっても、ただ見ているだけのような状態でした。
僕がベンチ入りし始めてから、ようやく今のように控えの選手が応援する形に戻ってきたので、正直なところ、それ以前のスタイルについてはあまりよくわからない部分もあります。
ーーたしかに、4年前というとまだコロナの影響が色濃く残っている時期ですね。その後コロナの収束にともない応援の形も大きく変わってきましたが、その影響は感じていますか?
入学前はそもそも応援そのものが無く、入学当初も外野席から隔離された応援団が応援しているような状況でしたが、徐々に従来の形に戻り、内野席の近い場所から声援を受けるようになってくると、やはり応援の「熱」を感じますね。
近くから飛んでくる声援は選手にとっては大きな後押しになりますし、相手チームにとってはプレッシャーになるんじゃないかと思います。特にピンチの場面で、あれだけの声援が飛ぶと、相手ピッチャーにはかなりの重圧になるだろうなと。
東大は他大学と比べても観客が多い印象がありますし、その雰囲気が部の力になっていると感じています。
ーー声援がご自身へのプレッシャーに感じることはないですか?
僕は集中していると、周囲の声が聞こえなくなるタイプなんです。なので、応援がマイナスに感じられたことはありません。
ーーさまざまな練習を重ねている一方、リーグでの成績で見ると、東京大学野球部はまだ結果を残せていない状況です。主将として「勝てない理由」をどのようにお考えですか?
他大とは、「本能的な野球のうまさ」に大きな乖離があると思っています。本能的ではない部分=準備できる領域、たとえば分析だったり想定されたプレーだったりは東大が得意とするところで、練習でもカバーできます。
でも、イレギュラーなバウンドへの対応や無理な体勢からの送球など、感覚やセンスが求められる場面になると、やはり大きな差が出る。その「本能的な部分」、つまり才能の差が、いちばん大きいと感じています。
具体的に言えば、キャッチボールそのものの精度は、他大学と比べてもさほど変わらないと思います。でも、それがシートノックになると送球がぶれる。これは体勢が不安定な中での送球になるからで、本番では「こう投げよう」と考えている余裕はない。感覚的に反応しなければいけない場面での対応が苦手なんです。
バッティングでも「当て感」が弱いという課題があります。本能的な野球力で劣っているという現実があって、その差はどれだけ準備してもなかなか埋められない。それが、今の東大がなかなか勝てない理由だと思っています。
ーーでは、その差をを受け入れたうえで勝つためには、後天的な領域=準備が可能な部分を鍛えることになるのでしょうか?
いえ、先天的領域も後天的領域も、どちらも鍛えるというのが結論です。
まず、後天的な領域についてですが、これはできる限りを徹底的にやるしかありません。分析を深めて、想定されるプレーのパターンを増やす。いわば「典型問題」を多く用意することで、イレギュラーな場面を減らすことができます。
一方で、先天的な領域とされる本能的な部分も、僕は後天的に改善できると考えています。たとえば「投げ感」で言えば、いろんな体勢、距離、強さで投げる経験を積んで、思考回数を増やすことが有効です。実際に、コントロールの向上に関する論文もあります。投げ感については先天的な要素が大きいとは思いますが、努力次第で縮められる部分もある。だからこそ、準備も、本能的な感覚も、両方取り組む必要があると思っています。
どちらかだけでは勝てない。両方必要です。
ーー他大学も、同じように両方を鍛える練習を行っているのでしょうか?
他大学は、準備の部分がかなり弱いと感じています。見ていても、分析が甘いと感じることが多い。そこは見ればすぐにわかります。
ただ、本能的な部分は本当に強い。高校野球では一発のエラーで試合から外されたり、推薦が取れなかったりする競争環境にあるので、プレッシャーのかかる場面でも発揮できる能力が自然と身についている。そういう感覚の部分は、非常に優れていると感じます。
ーーそこが、東大野球部の強みということですね。
はい。準備の部分については、明確にうちの強みだと思っています。
「正しい練習と熱量」で組織全体の底上げを図る
ーー先ほどお話しいただいた「2つの領域を鍛える」というスタイルは代々受け継がれているものなんですか?
いえ、まったく僕発のものです。1年生の時から先輩方のプレーや練習を見ていて、自分なりに感じてきたことを前面に出し、主将としてチーム全体に共有し、理解してもらいながら進めてきた形です。誰かから引き継いだというよりは、自分の考えを軸にしています。
ーーということは、主将によってチームカラーが大きく変わりそうですね。伝統ある部ですので、代々同じスタイルが継承されていくものだと思っていました。
そのあたりは、東大生っぽさが出ていると思います。人にあまり迎合しないというか、「それは違う」と思えば、はっきりとそう考える。前の方針をそのまま引き継ぐよりも、自分が正しいと思うものを積極的に出せるのが、東大らしさだと思います。
ーーそうなると、「いや、自分はそう思わない」といった同級生との意見の対立はあったりしませんか?
今年は部員内でもかなり意見が一致していたので、そこまでの衝突はありませんでした。ただ、以前の代では多少の対立もあったと聞いています。そこも結局、主将のスタンスによって変わる部分だと思います。
ーーちなみに、杉浦さんは主将に選ばれたんですか。それとも立候補者制で投票などがあったのでしょうか。
何人か候補がいて、その中から選ばれました。
ーー今お話しいただいた「センスと準備の両輪で戦う」という方針は、就任以前から構想としてあったのですか?
そうですね、主将になってから考えたわけではなく、ずっと頭にあったことです。ただ、主将になってからは、その考えがより具体的なものになっていきました。それまでは「正しい野球をやりたい」といったような抽象的な考えでしたが、就任後は「どうすれば実際に強くなれるか」という視点で、具体策を考えるようになりました。
ーー主将になって、まず取り組もうと考えたことは?
最初に考えたのは、やっぱり「正しい練習をしよう」という点でした。それに加えて、もっと野球に熱量を注いで取り組んでほしいという思いもありました。つまり、技術面と姿勢面の両方を意識してほしかったんです。
「正しい練習」は、いわば心技体でいうところの「技」の部分。一方で、「心」の部分、つまりもっと野球に本気で打ち込む姿勢や熱量を持って向き合うことも勝つためには欠かせないものだと感じていたので、技術面だけでなく、姿勢や取り組む気持ちの部分も含めてチーム全体に広めていきたいと考えていました。
ーーそのように思われたきっかけは、何かあったのでしょうか?
技術や練習の面については、先ほどもお話したようにまだ古い体質が野球界には根強く残っている印象です。プロ野球でさえデータアナリストの意見が軽視される場面もあると聞きます。そういった現状を見ると「正しい野球」をしっかりと実践できているチームはおそらく本当に少ない。だからこそ、そこは他と差別化できるブルーオーシャンだと捉えています。
ーーなるほど。では、熱量の部分についてはいかがですか?
東大野球部には100人を超える部員がいますが、その中で控えの選手が腐ってしまう場面を何度か見てきました。やはり人数が多いと、出場機会が少ないメンバーの中に気持ちが切れてしまう人が出てくるのは、どんな組織でも避けられないことだと思います。
ですが、そうした部分を組織全体で底上げしていかないと、レギュラー陣のレベルも上がっていきませんし、下からの突き上げがなければ競争も生まれません。全体としての練習量を底上げし、チーム全体の熱量を引き上げることが強さに繋がると考え、力を入れています。
ーー「正しい練習を、熱量を持ってやれば伸びていく」。それを主将になった時に掲げて、実際に今、どれくらい達成できているという感覚ですか?
熱量に関して言えば、今年の4年生は練習熱心なメンバーが多く、特にAチームはかなり高いレベルで取り組めていると思います。一方で、「正しい練習」という面については、やっぱり何が正しいかって、簡単には言えないんですよね。
ーーそこは不安な部分でもあると?
いくら頭で考えても、結局のところ量だったり、実戦で確かめたりしないと本当の意味では身につかないことも多いと感じています。
冬場に「これが正しい」と思ったメニューを増やして、みんなで意識を共有しながら取り組んできたつもりなんですが、5月までのリーグ戦では、まだ結果に結びついていません。特にバッティングの打率がなかなか上がらず、課題になっています。
「良い練習をしているはず」「意識も高いはず」と感じている分、結果に繋がっていない現状にはもどかしさがあります。今が飛躍の前の臨界点なのか、それとも単なる停滞期なのか……正直、見極めが難しいというのが本音です。
ーーその不安に打ち勝つために行動していることはありますか?
不安がまったくないわけではないですが、それでもやるべきことは変わりません。臨界点であっても、停滞であっても、これまでの取り組みを振り返り、これから何をすべきかを考え続ける。悪いと思ったら変えるし、良ければ続ける。それを繰り返すだけです。
都度、チームで話し合いながら方向を確認していくことで、少しずつでも前に進めると信じています。だから、今の状況を過度に悲観はしていません。
ーーいわゆる「弱い」と言われるチームを率いるのは、メンタル的に苦しい部分もあるのかなと思っていたんですが、その点はいかがですか?
正直、すごく苦しいです。ただ、自分より上の世代の主将たちが苦しそうにしていた姿を見てきて、「主将が沈んでいると、チーム全体の雰囲気も沈んでしまう」ということは強く感じていました。だからこそ、自分は明るくいることを絶対条件にしています。
もちろん、部屋でひとりになった時には思い悩むこともたくさんありますが、みんなの前ではきちんと切り替えて前向きに接するようにしています。その方が自分にとっても、チームにとってもプラスになると思っているので。
応援とは、「責任感を生み出すもの」
ーー主将という立場はチーム内のまとめ役としてだけでなく、他大学との調整などにも関わる機会が多いと伺います。実務的な部分でも、やはり多くの時間を費やすものでしょうか。
はい、費やす時間は非常に多いですね。たとえば、六大学の理事会への参加や、チーム広報用の写真選びなど、実務的なものも含めて、表には見えない細かい業務が数多くあります。
また、練習中も選手への声かけが必要です。「バッティングの準備に入ろう」「集合しよう」など声をかけながら、常に全体を見て動いています。午前の練習は8時から12時までの4時間ですが、その間ずっと他の選手たちに目を配っている感覚です。
午後の自主練時間になってようやく自分に集中できるくらい。思っていた以上に多忙な役割だと実感しています。
ーーでも、話していて杉浦さんはすごく楽しそうに見えます。
そうですね。苦しい場面も多いですが、それ以上に楽しいと感じることの方が多いです。「この経験を楽しもう」と自分で決めてから、だいぶ楽になりました。逆に「苦しい時は泣いてしまおう」と受け止めすぎるとかえって苦しくなってしまう。
だから、「今しかできない、貴重な経験をさせてもらっている」という意識で日々臨んでいます。野球を辞めたらこんな経験はもうできないわけですから。そう思うと自然と前向きになれます。
ーー東大野球部は、リーグ戦での結果にかかわらず多くの方々に支えられている印象です。応援を受けている実感や、応援が力になる場面について、どう感じていますか?
日常的に声をかけていただいたり、差し入れやご支援をいただいたりと、応援してくださっている皆様の存在は本当にありがたく感じています。
応援してくださる方々は、私たちに「必ず勝て」と強いるような思いは無いのでしょうが、それでも応援される側としては、やはり「勝たなければならない」という責任感を強く抱いていますし、皆様の思いに応えるためにも、全力を尽くすべきだと考えています。
人は責任を感じることで成長できるし、頑張れますから。応援は、そうした責任を思い出させてくれる存在だと感じています。
ーーでは最後に、杉浦さんにとって「応援」とは何でしょうか。
私にとっての応援は、「責任感を生み出すもの」です。
たくさんの方々からの応援があるからこそ、「頑張らなければ」という意識が生まれる。責任を背負うことで、自分自身もチームも前へ進んでいける。そう感じています。