SPORTIST STORY
3x3 BASKETBALL PLAYER
片瀬 俊哉
TOSHIYA KATASE
STORY

応援とは、相手を信じ、共に楽しみ、共に戦うこと。3×3プロプレーヤー片瀬俊哉の軌跡と未来。

3×3のプロ選手として競技の最前線に立ちながら、教員、スポーツメンタルトレーナー、食アスリート協会インストラクターとしてなど、多才な活動を続ける片瀬俊哉。プロ選手として自身の目標を追い続ける一方で、子どもたちの成長を支え、人を育てることにも情熱を注ぎ続けている。大学卒業後は教員として働きながらプロを目指し、自ら選んだ3×3の世界でキャリアを築いてきた。「自分で選んだ道を正解にしたい」という信念は、競技人生だけでなく、指導者としての姿勢にも一貫して息づいている。
競技者として世界を目指し続ける覚悟。指導者として大切にしている「気付きを促す」という考え方。そして、心・技術・身体はすべて繋がっているという育成論。競技と教育、その両方に向き合う彼に、自身の歩みと指導哲学を聞いた。

Interview / Chikayuki Endo
Text / Remi Matsunaga
Photo / Ai Tanaka
Interview date / 2026.07.13



「プロになるまでやめない」。その覚悟だけは、最初から持っていた





ーー片瀬さんは大学時代、将来のキャリアをどのように思い描いていらっしゃいましたか?

大学生の頃は、将来プロになりたいと考えていました。とはいえ、自分は高校時代から全国的に有名な選手だったわけでもなく、バスケットボール推薦で大学に進学してそのままプロになるようなエリートタイプでもなかったので、「まずはプロ選手になるための入口を自分で探さなくては」と思っていたんです。

「バスケはプロになれるまで続ける」と勝手に決めていたので、その当時はプロになれなかった場合のことなんて、まったく考えていませんでした(笑)。ただ、プロを引退した後や、万が一怪我をした時のセカンドキャリアを考えると、教員免許は取っておいた方がいいとも思ったので、「単位は落とさず、教員免許はちゃんと取る」と自分の中で決めたうえで、バスケットボールの活動を続けていました。

ーー大学卒業後は教員として働きながらプロ選手を目指し、3人制バスケットボールの選手としてプロキャリアをスタートされています。3人制を選んだのは、どんな考えがあってのことだったのでしょうか?

「やっぱりプロになりたい」と決意を新たにしたのは、大学4年生の時にIBLのシアトルリーグへ行った後でした。ただ、当時はまだBリーグ発足前で、日本にはbjリーグとNBLという2つのリーグが存在していたんです。プロになりたいという気持ちはありましたが、それぞれのリーグの問題点や課題も耳にしていたので、「夢を叶えて選手になれたとしても、生活が成り立たなかったらどうしたらいいんだろう」という不安もありました。

そんなふうに悩んでいたタイミングで、ちょうど国内で3人制バスケットボールのプロリーグが発足することになったんです。3人制であれば仕事をしながらプロとして活動できると知って、それなら3人制を目指そうと思いました。

それに、アメリカでは思ったようにプレーが通用しなかったんです。それがすごく悔しくて、この思いはアメリカと同じような環境で結果を出さないと晴らせないなと思っていました。

5人制でもオリンピックや世界大会を目指す道はありますが、3×3は、その舞台に立つまでのスピードがより早いんです。勝ち上がればダイレクトで世界大会に出場できますし、日本代表にならなくても世界の舞台で勝負できるチャンスがあることにも惹かれました。それで、大学卒業後は3×3のプロを目指しながら、教員として働くことにしたんです。

ーー大学卒業後に教員として働き始めた時は、1年目から特別支援学校の臨時的任用職員として勤務されていたそうですね。

最初は、バスケットボールのプロを目指す活動を優先するために、特別支援学校の教員になった部分もありました。一般の高等学校などで働くと、部活動を担当することになる可能性が高く、自分の練習時間を確保するのが難しくなると思っていたんです。自分が競技を続けるためにはどの道が良いのか考えていた時にそのお話をいただいたので、すぐにお受けしました。

ーーとはいえ、働きながらプロを目指すというのは並大抵のことではありませんよね。仕事と練習は両立できましたか?

17時までに自分のタスクはすべて終わらせて、定時で練習やトレーニングへ向かえる環境はつくれていました。プロ契約をしてからは、朝一番の電車で練習に行ってから出勤するなど大変な面ももちろんありましたが、頑張れば時間はつくれる環境だったので、自分ではそこまで辛いとは思いませんでしたね。

ーー3×3のチームと初めてプロ契約を結んだのは2016年。Bリーグが発足した年でもありますね。

そうなんです。3×3のプロを目指していたとはいえ、ちょうどBリーグが発足する年でもあったので、一応、Bリーグの前身であるbjリーグのアーリーエントリーも受けたんです。でも、そのテストには合格できませんでした。それで次に3×3のトライアウトを受けて、練習生の育成契約からスタートしました。

ーー挫けそうになったり、諦めたくなったことはありませんでしたか?

もちろん、自分の力がまったく通用しないレベルの高い環境に身を置いていたので、悔しい思いはしました。でも、「もう無理だ」とか「もうやめよう」と思ったことは一度もありません。

練習生の時は、今言うと後付けみたいに聞こえるかもしれませんけど、「絶対に契約を勝ち取る」と本気で決めていたんです。「プロになるまでやめない」と決めていたので、何があっても挑戦し続けて、最終的にプロになれれば勝ちだと思っていました。この苦労も、あとで振り返れば必要なプロセスだったと思えるだろうと思っていたので、その途中で起きることはあまり気にしていなかったですね。

最初にチャレンジした年は、本当に周りのレベルが高くて、自分の力はまったく通用しませんでした。でも、あのタイミングで挑戦しておいてよかったと、今振り返っても思います。

ーー片瀬さんのその「諦めない強さ」は、いつ、どのように培われたのでしょうか。

もともとの性格が負けず嫌いというのはあるかもしれないですね。

父が転勤族だったので、実は小中学校を合わせて7校に通っているんです。小学4年生の時なんて、1学期、2学期、3学期で全部違う学校に通うくらい転校が多かったんですよ。

バスケットボールを始めたのは、小学6年生の時に住んでいた大阪でした。そのまま中学3年生まで続けたのですが、ちょうど引退試合の直前に引っ越すことになってしまって。中学校の部活仲間や、選抜で一緒だった仲間とは「同じ高校へ進学して全国を目指そう」と話していましたし、高校の監督も僕たちを迎えるつもりでいてくれたそうなんですけど、僕だけが転校してその高校へ進学できなかったんです。

仲間はみんな同じ高校へ進学して、高校3年生の時に大阪で初優勝しました。今では大阪の強豪校になっている大阪学院大学高等学校ですが、その初優勝がちょうど僕たちの代だったんです。

彼らがウインターカップで東京に来て試合をしていた時も、悔しくて見に行くことができませんでした。僕は、転校先で思うようにいかない状態なのに、昔の仲間は全国のトップで戦っている。そのことが本当に悔しかったんです。

仲間に引け目を持ちたくなかった。でも高校までのキャリアは、もう絶対にひっくり返せない。だからこそ、最終的にはプロになって誰よりも結果を出してやる。そんな思いがあったことも、諦めない理由として大きかったのかもしれません。



選んだ道を言い訳にはしない。世界へ挑むために選んだ3×3



ーー先程、生活のことも考えて仕事を続けながら活動できる3人制を選んだというお話がありましたが、プロキャリアをスタートした後、改めてBリーグを目指そうとは思わなかったのでしょうか。

今でも「Bリーグはいいな」と思いますし、当時Bリーグがあったら、そちらを目指していたのかもしれないなとも思います。ただ、「本当はそっちに行きたかったけど行けなかったから、こっちを選んだ」というふうには、あまり思いたくないというか。僕は自分でこの道を選んだので、その選択をちゃんと正解にしたいんです。

もしBリーグのことばかり考えていたら、「今までやってきたことは何だったんだ」ということになってしまう。だから引退する時に、「3×3を選んでよかった」と思えるようにやっていきたいと思っています。ネガティブな気持ちはないですし、そこまで深く考えているわけでもないですね。

ーー先ほど「Bリーグはいいな」と思うとおっしゃりましたが、それは環境面を指しているのでしょうか。

そうですね。環境的な部分です。

当時はプロリーグとは言え、最低年俸の保障もありませんでしたし、バスケットボール自体も今ほど盛り上がっていませんでした。それに比べて今はリーグが1つになり、バスケットボール自体も盛り上がっていますし、お金の面でもきちんと保障されています。当時よりは、かなり良い環境になったと思います。

ーー「Bリーグがうらやましい」「自分があと少し若ければBリーグに入れたかも」ということではなく、今Bリーグを中心にバスケットボールを取り巻く環境自体が整っているなら、それはそれでいいことだと捉えているんですね。現在片瀬さんは3×3の選手として活動されていますが、競技自体の知名度は5人制に比べるとまだ低い部分もあると思います。現役選手として、競技の普及について考えていることや、取り組んでいることはありますか?

3×3は、まだメジャーな競技ではありません。ただ、オリンピックの正式種目になったことで、注目されたり、テレビで取り上げられたりする機会は少しずつ増えてきました。

ベースはバスケットボールなので、3×3で培ったものが5対5に生きることもありますし、逆に5対5でやってきたことが3×3に生きることもあります。なので、個人的には完全に別競技として分けなくてもいいのかなと思っています。

育成年代の選手が3×3に取り組み、それが結果的にその後のキャリアに生きることがあってもいいと思いますし、実際にそういう例もあります。3×3のプロになってからBリーグの選手になった人もいますし、逆にBリーグの選手がキャリアを迷ったタイミングで「もう一度3×3で頑張ろう」と挑戦して、日本代表になったケースもあります。

だから、僕自身はあまり分けて考えていないんです。ただ、3×3はまだメジャーではないので、少しでも知名度が上がればという思いで、子どもたちに教える活動もしています。僕自身がリーグのトップでプレーすることで、3×3に興味を持ってもらえたり、試合を見に来てもらえたりしたら嬉しいですね。

ーー片瀬さんから見て、3×3という競技の魅力はどこにあると思いますか。

まずは、試合展開が速いところですね。5対5では、僕のような小柄な選手が外国籍選手と激しく身体をぶつけ合ってマッチアップする場面は、あまりないと思います。でも3×3では、2メートルを超える外国籍選手と身体をぶつけ合わなければいけない場面もありますし、そういう選手を抜き去るシーンもあります。5対5よりフィジカルな場面が見えやすいので、そういう部分は見ていてエキサイティングですし、面白いですね。

あと、3×3は試合が10分1本なんです。スピーディーに展開していくので、より目が離せない面白さがあります。10分×4クォーターの5対5だと、実力差のあるチーム同士では、なかなか試合をひっくり返すことは難しいじゃないですか。でも3×3は10分1本なので、シュートが立て続けに決まると、強いチームとそれほど強くないチームが意外と競ったり、強いチームが負けたりすることもあります。アップセットが起こりやすいのも、3×3ならではの魅力だと思います。

それから、お客さんとの距離が近いことですね。コートのすぐ近くで観戦できるので、お客さんと選手、運営も含めてひとつの空間をつくり、一体感のある盛り上がりが生まれます。そういうところも3×3の魅力です。

ーーエキサイティングで、ジャイアントキリングも起こりやすい競技なんですね。

僕自身もそういう試合を何度も見てきましたし、自分たちが起こしたこともあります。もちろん5対5でもそういうことはありますが、試合時間が長いぶん、本当の実力差が出やすいと思うんですよね。その点、3×3は本当に少し気を抜いただけで、ぽんとやられてしまうことがあります。そういうドキドキ感も面白さのひとつだと思います。

ーー先ほど、フィジカルコンタクトが多いというお話もありましたが、3×3で培ったものが5対5にも生きるというのは、そういった部分もあるのでしょうか。

そうですね。もちろん5対5でもフィジカルにやり合っていますが、それが3×3では、より見えやすいということですね。

あとは、コート上に10人いるのか、6人いるのかという違いも大きいです。6人だとスペースがあるので、やらなければいけないことも多いんですよ。だから、少し気を抜けるような場面がまったくなくて、本当にずっと動いています(笑)。

それに、スペーシングや3×3ならではの戦い方が5対5に生きることもあります。1対1のスキルもそうですし、小さなスペースを縫っていく感覚もそうです。そういう意味では、3×3で培った技術が5対5に生きる場面は多いんじゃないかなと思っています。

ーーそれだけ違うと、5人制を長く続けてきた片瀬さんが3×3を始めた時は、驚きや戸惑いも多かったのでは?

いえ、それがそこまで多くはなかったんです。当時は3×3が始まって、日本でプロリーグができてまだ1年目か2年目くらいだったので、みんな同じような段階だったというか、まだ競技自体をわかっていない人も多かったんです。だから、大きなギャップを感じて苦労したということはありませんでした。もちろん、覚えることはたくさんありましたけどね。

ーー3×3の選手として、片瀬さんが現在掲げている目標を教えてください。

僕は大学時代にIBLで味わった悔しさを、まだ晴らせていないんです。だから、世界大会に出て、もう一度海外のチームと勝負したいという目標があります。世界大会にはいくつかランクがあって、以前は日本一にならなければ世界大会には出られませんでした。

でも今は、日本一にならなくても世界大会につながる大会がたくさんあります。そこでしっかり出場権を獲得して、3×3で「プロサーキット」と呼ばれている国際大会に出場することを、今の目標にしています。

ーープロになることがひとつの目標だったと思いますが、実際になって初めて感じたことはありましたか?

プロの世界に足を踏み入れたら、それこそ悔しい時間のほうが長いんですよね。「やってやったぞ」と思える瞬間なんて、本当に少ししかない。それ以外の時間のほとんどが、我慢する時間だったり、負けて悔しい時間だったりするんです。学生時代も悔しい思いはしましたけど、プロになってからも、そういう思いをずっと重ねてきました。

ーー「悔しい時間のほうが長い」というのは、自分に対して求めるハードルが高いからなのでしょうか。

それもありますし、試合に出たら出たで、自分のパフォーマンスに納得できるかどうか、ひとつひとつのプレーに納得できるかどうかということもあります。

あと、当たり前ではあるんですけど、ひとつの大会で優勝できるチームは1チームだけなんですよね。言ってしまえば、それ以外はみんな負けなので、そこは誰でも悔しいと思います。3×3は、1試合に登録できるメンバーが4人なので、まずその4人に入れるかどうかというチーム内での競争もありますし、そういう意味でも、悔しさを感じる時間のほうが長いですね。

ーー「悔しさをバネにする」とよく言いますが、その気持ちが日々の練習に繋がっているのですか?

それもありますけど、もうやるしかないというか。いざという場面で準備ができていなければ、もちろんいいパフォーマンスは出せませんし、「あの時やっておけばよかった」と思いたくないので、今できる限りのことはちゃんとやっておきたいんです。

それでも、いいパフォーマンスができるかどうかはわかりませんし、勝負にしても、相手がいることなのでどう転ぶかわかりません。でも、やると決めた以上はやるしかない。結局は、努力を積み重ねるしかないんですよね。そのあたりは、プロになってから意識が変わった部分かもしれません。

プロになってからは、自分の活動を支えてくれている家族やスポンサーの方、チームを応援してくださる方、さまざまな企業の方など、本当に多くの方に支えられて活動できていることを、より強く感じるようになりました。そうやって応援したり、サポートしてくださったりしている方がいるのに、中途半端なことをするのは失礼じゃないですか。

だから、プロ選手としてコートに立つ以上、現役選手である以上は、やるしかない。常に全力で向き合うことが当たり前だと思っています。



体罰かどうか、その答えは受けた側の心の中にある





ーー運動部の指導者にはさまざまなタイプがいますし、今も体罰が完全になくなったとは言い切れないと思います。片瀬さんご自身にも、そうした経験があったそうですね。片瀬さんは指導者として、体罰とそうではないものの境目を、どのように考えていますか。

僕は、「受けた本人がどう感じるか」だと思います。やった側や周りがどう考えるかではなく、受けた人が「これは体罰だ」と感じたのであれば、体罰なんじゃないかなと思います。本人が本心から「自分のための行動だった」と受け止められるのであれば、その人にとっては体罰ではないと思っています。なので結局は、受けた側がどう感じるかなんじゃないですかね。

ーー片瀬さんご自身も、学生時代にはつらい思いをされたことがあったのでしょうか。

僕は、まだそうした暴力がある程度許容されていた世代なので、つらい思いをしたこともありました。許容されていたと言っても、当時であっても本来は許されることではないと思っています。

中学の先生に頭をはたかれたことも1回だけあります。ですが、その先生のことは本当の父や兄のように感じられるほど信頼していたので、叩かれた時も「しっかりしろ」という意味での行動だとわかっていたし、何とも思いませんでした。これは信頼関係があったからこそだと思いますし、実際に今でも仲がいいんです。

一方で、感情的に手が出るような先生もいました。信頼関係が存在する中でのいわゆる「愛の鞭」と、自身のイライラをただぶつける憂さ晴らしの暴力は、まったく違うものだと思います。

そのうえで、僕自身は絶対にやらないと決めています。どれだけ信頼関係ができている相手でも、絶対に手は出しません。どんな生徒にも伝わるように、きちんと噛み砕いて話せるようになること。それは、指導する側が言語化する力や、伝えるスキルを磨かなければいけない部分だと思っています。

ただ、両方を経験できたこと自体は、今振り返るとよかったと思います。両方を知らなければ、その違いもわからなかったと思うので。

ーー今のお話からも、子どもたちを教える際に、人としての接し方をとても意識されていることが伝わってきます。特別支援学校での経験や自身が受けてきた指導などさまざまな経験を通して、人と接するうえで意識していることはありますか。

まず、相手にフィルターをかけないことです。例えば、「あの人はこういう人だよ」と誰かから聞いていると、最初からそういう人だと思って接してしまうこともあるじゃないですか。でも僕は、基本的には自分が実際に接して感じたことしか信じません。

もちろん、信頼している人からの助言は聞きます。でも、自分で接してみないとわからないと思っているので、最初から「この人は嫌な人だ」とか「この人はいい人だ」と決めつけず、まずは自分の尺度を持って接したいと思っています。それは、大人に対しても子どもに対しても同じです。

指導の場面では、子どもたちを否定せず、まず受け入れることを大切にしています。その子の話も、態度も、まずはきちんと受け入れて、聞く。信頼関係を築いてからでなければ、細かい注意や助言をしても入っていかないと思うんです。

だからまずは、「この人は自分のことをちゃんと受け入れてくれる」と相手に信頼してもらうこと。そこは強く意識していますね。

あとは、自分がプロになったからといって、「自分はこうだった」と成功した話をするよりも、失敗したことや悔しかったこと、うまくいかなかったことを積極的に話すようにしています。子どもたちには失敗した話をよくしていますね。

ーーちなみに、どんな失敗談を話しているのですか?

例えば中学生なら、中間テストや期末テストがありますよね。テスト期間中にまったく勉強をしない子もいると思いますし、僕自身もまったく勉強してこなかったので、本当に勉強ができないんですよ。

でも、あの時期にちゃんと勉強をしておけば、絶対に選択肢は広がっていたはずです。今になって振り返ると、先生たちに対して、どうしてあんな失礼な態度を取っていたんだろうとも思います。実際、それで本当に大変な思いもしました。成績もギリギリでしたし。

だから、「ちゃんとやる期間があるんだから、今はやっておいたほうがいいよ。やらないと、僕みたいになるからね」と、自分の失敗を少し面白おかしく話したりしています。

バスケットボールで自分が失敗した話や、やらかしてしまった話も、結構話しますね。「自分はできる」という話よりも、「自分も全然できなかったし、やってこなかった。でも、それで大変な思いをしたから、今のうちにやっておいたほうがいいと思うよ」と伝えています。

もちろん、やらないのも本人の自由ですし、やらなかった結果も自分の責任です。ただ、やらなかった側の人間としては、「あの時やっておけばよかった」と思っているから、一応伝えておくね、という感じです。

ーー失礼な言い方に聞こえたら申し訳ないのですが、いわゆるエリートではなかったからこそ、伝えられることもあるのかもしれないなと思いました。

それは実際にそうだと思います。僕は勉強に関しても、本当に1桁の点数を取ることもありましたし、今、どうして学校の先生をできているのかわからないくらい、勉強ができなかったんです。学生時代は、全然真面目にやらず、学校までドリブルをしながら通っていましたし(笑)。

決して真面目な生徒ではなかったからこそ、今、少しやんちゃな子どもともすぐに仲良くなれるのかもしれないです。そういう子たちも、わりとすぐ懐いてくれるんですよね。僕自身も気持ちがわかるから、「こうしなさい」「こうあるべきだ」と一方的に言うのではなく、「そうだよね」と同じ目線で話せる。それは大きいのかなと思います。



言葉で心を整理し、食で身体を整える。「自分で考える力」を育てるために学んできたこと





ーー片瀬さんはスポーツメンタルトレーナーの資格も取得されているそうですね。

スポーツメンタルトレーナーは、スポーツにおける心の部分を扱う資格なんです。例えば、緊張は何から生まれるのか、どのような状態の時に緊張しやすいのか、緊張している時の自分はどのような状態なのか。何かが起きた時に、自分の気持ちをどう言語化するのか。普段は「メンタル」とひとことで片づけられているような部分を、きちんと言葉にして整理する方法を伝えるための資格です。

この資格を取ろうと思ったのは、どんなスポーツでもメンタルはすごく大事だと感じていたからです。自分が選手として競技を続けるうえでも必要だと思いましたし、指導する際にも、そうしたことをきちんと言語化して伝えられるようになりたいと思って取得しました。

まずは自分自身に活かして、そこに自分の経験を加えたうえで子どもたちにも伝えていければ、自分なりの指導ができるんじゃないかと。そう考えて、スポーツメンタルトレーナーとアスリートフードマイスターの資格を取りました。

ーー以前は「根性で頑張れ」といったような指導も多かったですが、緊張への対処法は人によって大きく異なると思います。実際にアドバイスをするうえでも、まず相手を知ることが大切なのでしょうね。

そうですね。きちんとアドバイスをするのであれば、その人に合った伝え方や、その時の状況に応じた言葉が必要です。だから僕は、こちらから答えを与えるというよりも、相手が何を思っているのかを引き出すことのほうが大事だと思っているんです。

例えば「緊張」という言葉について説明しようと思うと、緊張は誰にでもあるものなので、「そもそも緊張とはこういうものだよ」という共通の説明は、みんなに同じようにできます。だけど、それに対処するための具体的なアドバイスをする時には、その子に合った内容を伝えなければいけません。絶対的な正解や不正解があるわけではないので、一人ひとりに応じて考えることが必要なんです。

ーー中学生くらいの年代は、大人から見ると些細に思えることを深刻に捉えたり、反対に大切なことを軽く考えてしまったりする時期でもありますよね。子どもたちが問題を自分自身で考えられるようにすることにも繋がるのでしょうか。

何か問題があった場合に、こちらが答えを教えてもあまり意味がないんですよね。結局人から言われた答えだけでは、本人もなかなか納得できないと思うんです。なので僕は、気付きを促すように意識しています。

何かに取り組まなければいけない子に、「こうすれば、こうなるからやりなさい」とこちらが答えを伝えても、それは行動する動機にはなりにくいんです。外から言われたことによる、外発的な動機なので。本人が「これをやらなければいけない」と自分で気づく、内発的な動機がなければ、なかなか行動には移れない。

だからその内発的な動機を引き出すための質問をしたり、本人に響きそうなエピソードを会話の中に入れるなど、自分で気付けるアプローチを心がけています。

子どもたちといろいろなことを話していると、「そんなふうに考えているんだ」とか、「そこをそんなに気にしているんだ」と、こちらが気付かされることも多いですね。

ーーセッションを重ねるたびに、子どもたちが変化していく姿を見られるのは、指導する側としてもうれしいことですよね。

何度かセッションを重ねる中で、「この間の試合ではこうでした」「こういうふうに変わりました」みたいな報告をもらえるのは、すごく嬉しいです。

ただ、それは自分の手柄ではないとも思っています。結局は、その子自身が気付いて課題に取り組んだ結果、変化していったということなので。僕たちは、あくまでそのサポートをしただけなんですよね。

ーーそれでも、子どもたちにとっては大きな支えになっていると思います。

そう信じたいですね。



ーーアスリートフードマイスターの資格についても聞かせてください。

僕は最初にアスリートフードマイスターの資格を取り、その後、食アスリート協会のインストラクター資格も取得しました。資格はいくつかの段階に分かれているのですが、僕はそのすべてを取得していて、現在は食アスリート協会でこれから資格を取得する方に向けた講師としても活動しています。

最初に取得しようと思った理由は、自分の身体づくりに生かすためです。食生活をきちんと改善して、身体づくりやパフォーマンスの向上につなげたいと思って学び始めましたのですが、さらに自分自身の経験をもとに、食事の面でも子どもたちへの指導に繋げられると考えるようになりました。

よく「心技体」と言いますが、身体、技術、心の状態は、すべて繋がっていると思うんです。メンタルも栄養も、全部セットで必要だと考えて資格を取りました。

ーー育成年代の選手に食事指導をする際には、本人だけでなく、日々の食事を用意する保護者の協力も大切になりますよね。

実際に食事を作るのは保護者の方なので、食事指導の際は、なるべく子どもと保護者の両方に話を聞いてもらうようにしています。

子どもには、食べる意識を育ててほしいんです。なぜそれを食べなければいけないのか、食べたものが身体の中でどうなるのかを理解して食べることが大切。それがわかっていないと、親が用意してくれたものに対して、「これは好きだから食べるけど、これは嫌いだから食べない」「今はお腹がいっぱいだから食べられない」ということになってしまいますよね。

反対に、子どもの意識が高くても、保護者の方も仕事をしているので、毎食ご飯とお味噌汁、何品ものおかずを用意するのは難しい場合もあります。そういう時には、別の食品への置き換えや、少し工夫することで必要な栄養を取れる方法を伝えます。

また、保護者の意識が高すぎて、子どもが食べきれない量を用意してしまう場合もあるんです。子どもと保護者の足並みがそろうように、なるべく両方と話をして、ご家庭で一緒に取り組んでもらうことが大切ですね。

ーー育ち盛り、食べ盛りの子どもが多いなかで、食事のバランスに悩むご家庭も多そうですね。

最近はSNSなどで情報を得やすくなっているので、保護者の方もいろいろと工夫されている印象があります。ただ、一方で子どもは「お菓子のほうがおいしい」「フライドチキンのほうがおいしい」と感じることもありますよね。

そういう時には、実際のBリーグの選手やNBAのスター選手が、どのような食事をしているのかを見せたりもします。ひと通り説明したうえで、「自分のバスケットボールのパフォーマンスを上げるためには、どちらを食べたほうがいいと思う?」と聞くと、自然と本人なりの答えが出てきます。

あと、その年代に合った内容や伝え方をすることも大切ですね。

高校生くらいになればある程度深い話もできますが、中学生にはまず食に興味を持ってもらう必要がありますし、小学生には長く話しても伝わりにくいので、ポイントを絞らなくては伝わりません。相手の年代に応じて、伝え方を変えるようにしています。

ーー食事に関する相談は、選手本人と保護者のどちらから寄せられることが多いのでしょうか。

高校生くらいになると、本人から相談されることが多いですね。小中学生の場合は、保護者から聞かれることの方が多いですね。

ーー高校生くらいになると将来の目標が具体的になり、食事への関心も高まるのでしょうか。

それもありますし、身体や食事に対する理解も深まっているんだと思います。「体重を増やしたいのになかなか増えない」「試合中に足がつりやすい」「何を食べればいいですか」「筋肉をつけたい」「プロテインはどうしたらいいですか」といった具体的な質問が、高校生になると多く出てきます。

小中学生は、「質問はありますか」と聞いても、そこまで多くは出てこなくて、どちらかというと保護者から相談を受けることが多いですね。

ーー成長するにつれて、自分の身体や食事に対する関心も高くなっていくんですね。

そう思います。僕自身、学生の頃はまったく気にせず、好きなものしか食べていませんでした。ただ、親は栄養のことをすごく考えてくれていたんです。そのことを知っているので、今は自分の子どもにもご飯をたくさん作るようにしています。



応援とは、相手を信じ、共に楽しみ、共に戦うこと。



ーー片瀬さんは現役選手として活躍されていますが、キャリアが長くなるに連れ、その先を考える機会も増えてくるのではないかと思います。今後の目標をどのように捉えていますか。

まず大きな怪我をしたら競技を続けるのは難しいと思うので、なるべく怪我をしないように気をつけていますし、怪我をしたとしても最小限に抑えられるように、日々のトレーニングや身体づくりはしっかり行っています。

ただ、そのうえで、プロリーグなのでどのチームとも契約でき無かった場合、要は「もう必要ない」と判断されたら、自分がやりたくてもプロ選手ではいられません。そうなったら、もちろん終わりだと思っています。逆に、必要としていただけるのであれば、ギリギリまで続けていきたいと思っています。

国際大会に出場するという目標があるので、それを達成するまでは絶対に続けたいんですよね。その目標を達成した後に燃え尽きてしまうのか、「もう一度」と思うのかは、その時になってみないとわかりません。ただ、まずはその目標をきちんと達成したいと思っています。

ーー最終的な目標は、国際大会での優勝ですか?

もちろん、最終的には優勝したいですが、まずは国際大会に出ること。その出場権を国内で獲得すること自体が難しいので、最初に出場権を取ってスタートラインに立つことですね。

ーー最後に、片瀬さんにとって、「応援」とは何ですか。

応援……。今、初めてちゃんと考えたんですけど(笑)。

でも、やっぱり結果が良くても悪くても、その人を信じて、一緒に楽しみ、一緒に戦うことじゃないですかね。

今の僕は選手として応援していただく立場ですけど、スポンサーの方をはじめ、本当にいろいろな方に支えていただいています。どれだけ結果が良くても悪くても、僕の取り組みに対して前向きに関わってくださいますし、純粋に応援してくれていることをすごく感じるんです。

だから応援って、結果だけを見ることではなくて、その人を信じて、その人が取り組んでいることを一緒に楽しんで、一緒に戦うことなんじゃないかなと思います。

試合でシュートが決まった時に、一緒に盛り上がってくれているファンの方の姿を見ると、本当に楽しんでくれているんだなって思いますし、その様子を写真に撮ってくださっている方もいます。チームのTシャツを着て、一生懸命応援してくださっている姿を見ると、「一緒に戦ってくれているんだな」って感じますね。