SPORTIST STORY
DIRECTOR ( 琉球ゴールデンキングス・沖縄アリーナ )
仲間陸人
RIKUTO NAKAMA
STORY

沖縄アリーナ、ここでしか生まれない爆発的なエネルギー

日本代表の大活躍により、まさに日本中がバスケットボールの熱狂へと引き込まれたFIBA バスケットボールワールドカップ2023。その舞台となった沖縄アリーナに初めて足を運び、圧巻の景色に度肝を抜かれたファンも多かったのではないだろうか。沖縄アリーナが開業したのは2021年の春。本場NBAの会場と見紛う程のアリーナが日本に完成したことが、日本バスケットボール界全体を一歩先へと進ませる大きな転機となったのは間違いない。今回SPORTISTがインタビューを行ったのは、沖縄アリーナの指定管理者を担う沖縄アリーナ株式会社取締役と、アリーナを拠点とするプロバスケットボールチーム・琉球ゴールデンキングスの執行役員を兼任する仲間陸人。子供の頃から憧れたスポーツビジネスの場で働く彼が目指してきたのは、「誰もが自分達の居場所だと思えるアリーナを作ること」。沖縄アリーナという「ハード」と、琉球ゴールデンキングスという「ソフト」の一体経営に取り組み沖縄からバスケットボールシーンを率いる彼に、今の思いを聞いた。

Interview / Chikayuki Endo
Text / Remi Matsunaga
Photo / 琉球ゴールデンキングス
Interview date / 2024.01.26



スポーツビジネスを志すきっかけは小学生から愛読していた『HOOP』のコラム




ーー仲間さんがバスケットボールに関わる仕事を考え始めたのは、何歳の時ですか?

きっかけは小学生の頃から愛読していた『HOOP』という雑誌です。今はもう廃刊してしまったのですが、当時は日本のバスケットボール情報なら『月刊バスケットボール』、NBAの情報なら『HOOP』という感じでした。僕自身もバスケットボールを小学生の時からずっとやっていたので『HOOP』は欠かさず読んでいたのですが、ある日雑誌のうしろの方にあるコラムコーナーを「JUN YASUNAGA」という日本人が書いていることに気が付いたんです。当時彼はNBAのチームであるニュージャージー・ネッツ(現ブルックリン・ネッツ)で働きつつコラムを執筆していて、小学生だった僕は「NBAチームのフロントで働く日本人がいるんだ!」と驚きましたし、そういった仕事があると知ってスポーツビジネスに興味を持つようになりました。その後、僕が中学校3年の時に『琉球ゴールデンキングス』というチームが沖縄にできるというニュースを聞き、さらにその2、3ヶ月後にはずっとコラムを読んでいた「JUN YASUNAGA」がNBAのチームを辞めて琉球ゴールデンキングスに来るというニュースを耳にしました。小さい頃からずっと読み続けているコラムを書いている人が沖縄に来るわけですから、これは僕にとってものすごく衝撃的なニュースでした。ちなみにそのコラムを執筆していた「JUN YASUNAGA」は、今僕が働いている沖縄アリーナ株式会社の社長であり、キングスのゼネラルマネージャーも務めている安永さん(安永淳一氏)なんですよ。

ーー現職へのきっかけとなる縁は、そんなに昔から繋がっていたんですね!

当時のキングスはまだ始まったばかりのチームでしたし、僕自身も日本のバスケットボールについてはあまり詳しくなかったのですが、安永さんがキングスに来たことをきっかけにキングスの試合にも時々足を運ぶようになり、同時にスポーツビジネスへの興味もより強まっていきました。大学ではスポーツビジネスを専攻しました。その授業の一環として大学がキングスから安永さんを講師に招く機会もあったんです。そこで彼の話を聞くうちに「スポーツチームで働きたい」と強く思うようになり、キングスにインターンとして入社しました。19歳の終わり頃のことです。

ーー入社前と後で、ギャップを感じることはありませんでしたか?

僕がキングスに入ったのは2012年です。キングスへ入社する前に僕が見ていた世界は試合当日の会場がすべてでしたし、ずっと憧れていた世界だったこともあって、最初はバスケチームの仕事=キラキラした世界なんだろうなと思っていました。だけど当時のキングスは興行自体もいろいろな体育館を転々とするような形。実際に入ってみると日々の仕事のほとんどは大変なことばかりですし、当たり前ですが楽しいことばかりではなくて。当時はB.LEAGUEの前身であるbjリーグ所属で、今のB.LEAGUEに比べてまだまだリーグ自体の規模も小さく、「スポーツチームの一員である」という気持ちだけをモチベーションにして働いているような感覚に陥る毎日。「スポーツビジネスの世界に入る前に描いていた理想と現実とはまったく違う世界だったな」というのが働き始めた当初の印象でした。

ーー憧れと現実の剥離に心が折れそうになることもあったのでは?

もちろん何度もありました。今は沖縄アリーナができて夢見ていた世界で働けているのでその気持ちはありませんが、当時はモチベーションを見出せず、自分自身が何を目標に頑張ればいいのかわからない日々を過ごしていました。

ーーそれでも続けてこられたのは何故?

いちばん大きかったのは、「そもそも自分自身の働く姿勢がダメなんじゃないか」と気付けたことです。僕はよく「観に来てくれた人に幸せを与える仕事」という言葉を使うのですが、「観る人に何かを与えるためには選手だけじゃなく裏方の僕らも選手と同じ姿勢でやるべきだ」と思えてからは、同じ仕事に対しても考え方が変わりました。仕事の中にやりたくないことがあったとしても、「この仕事があるから選手が輝けるんだ」という思考になったんですよね。この仕事をするうえで当たり前の姿勢かもしれませんが、そのことに気付くまでに僕は時間がかかってしまいました。けれどそこからは「どうすればキングスがもっと良くなるのかな」と、何でもプラスに考えられるように変わっていきました。



目指すのは「みんなのアリーナ」と呼んでもらえる存在になること





ーー現在、琉球ゴールデンキングスのグループ会社である沖縄アリーナ株式会社は、沖縄アリーナの指定管理者として管理・運用を行っています。これもバスケットボール界全体において、大きな進展と言えるのではないでしょうか。

アリーナという建物を生きた建物にしていくために、常に使い続ける「コンテンツ」の存在は重要だと考えています。広島カープと広島市民球場(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)や、東北楽天イーグルスと宮城球場(楽天モバイルパーク宮城)がその良い例だと思います。逆の観点でいえば、札幌ドームのようにハードを常時活用するメインコンテンツを失ってしまったスタジアムは、難しい局面にいると報道をみて感じています。その点を踏まえると、我々はキングスという球団をもつ「コンテンツホルダー」であることが最大の特徴だと言えます。キングスというソフト(球団)と、沖縄アリーナというハード(会場)を一体とした運営を行い、沖縄市への地方創生を目指すことはもちろん、これから全国的にできるアリーナの運用モデルとして誠意をもって運営していければと考えています。

ーー少し話は遡りますが、沖縄アリーナの建築時はどのような携わり方をなさっていたのですか?

アリーナはあくまで沖縄市が建設した公共の建物です。だから、僕たちが主導して建設したわけではありません。ホームアリーナとして今後多く利用することが考えられる立場でもありますし、NBAで働いた経験がある安永さんもいたので、キングスとして協力させていただきました。

ーー仲間さんの目から見た沖縄アリーナの特徴は、どういったところだと思いますか。

アリーナの内部空間を、とにかく「観る」ことに特化しているのが最大の特徴だと思います。「体育館とアリーナって何が違うの?」とよく聞かれますが、英語にすると分かりやすくて、運動をするための体育館=GYM、観戦するためのアリーナ=ARENA、なんですね。沖縄アリーナはその名称通り、「観る」ことを最優先事項として設計されているので、音響や照明などの内部空間もとてもこだわって作られています。客席の形状にしても、観客のためのアリーナですので、観客の目線をどこに持っていくかという観点からすり鉢型の客席が採用されています。360度どこから見てもコートが近く見えるようになっているなど、これまで日本になかった形で設計されているのも大きなポイント。ぜひ現地で見ていただきたいですね。

ーー「いつまでもみんなに愛されるアリーナ」を作るために、設計やデザインにおいてはどのあたりを重視されたのですか?

沖縄アリーナは沖縄市の建物ですから、設計やデザインに関しては沖縄市の方々の深い思いが込められています。だからこそ私たち沖縄アリーナ株式会社も、企業理念である「沖縄をもっと楽しく」という言葉のもと、この沖縄アリーナを誰にとっても自分達の帰る場所のように感じてもらいたいという思いをもって運営していきたいと考えています。神戸に甲子園があるように「沖縄には沖縄アリーナがある」と思ってもらえるような、そんな沖縄県民の存在意義になりたい。いつまでも愛される、みんなのアリーナを今後も目指していきたいです。

ーー沖縄アリーナが完成した姿を目にした時、仲間さんはどんな感情を抱いたのでしょうか。

誰よりも感動したのは先頭に立ってアリーナのために奔走していた皆さんだと思うのですが、僕個人としても、「自分たちのホームとなるアリーナができたんだ」という感動はありました。子供の頃に夢見ていた「スポーツチームで働く」という世界感をやっと到達できたと思えた瞬間でした。やっぱりプロバスケットボール球団としてチームの拠点となるアリーナがあるというのは、僕たちだけじゃなく、バスケットボールを応援してくださっているすべての皆さんにとってすごく価値があることなんじゃないかなと思っています。沖縄アリーナが完成して、これまでの日本では見たことのないような光景が広がっているのを目にしたことで、同じような気持ちを抱いてくださっている方々も多いのではないでしょうか。出来上がるまでは前例がなかったからこそ僕たち自身も完成形が想像できていませんでしたが、実現できたのは沖縄市長をはじめ、建設に携わったすべての方々の想いがあったからこそです。それだけ沖縄アリーナは、みんなの想いが乗ったアリーナなんです。でも沖縄アリーナの完成がゴールではないので。今は、ここから未来に向けて考え続けなくてはならないという思いの方が大きいですね。



励みにもなり、ヒントにもなる。ファンから届く貴重な声




ーーアリーナがオープンしてもうすぐ3年が経とうとしています。オープン前に抱いていた目標の手応えは、少しずつ感じられていますか?

沖縄アリーナの文化は今まさに、作られているところです。選手はもちろんアーティストの皆さん、観にきたお客様たちの思いが重なって、それが長い年月をかけて文化になっていくのかなと思っています。僕が子供の頃に憧れた世界で働くことが、子供の頃の僕と同じように、それを見た誰かにとっての「原体験」になり得ると思います。だから、その実感を得られるのはもっと先になるのかもしれませんね。ただ、キングスとしては、着実にファンが増えてきている手応えを感じています。沖縄アリーナの累計来場者数は今期100万人を達成しましたし、キングスファンの皆さんが沖縄アリーナを自慢してくださっているのを耳にするたび、「みんなのアリーナになりたい」という願いが徐々に叶ってきていると感じます。ただ、人気や勢いは波があるものなので、波に乗れている今のうちにしっかりとやるべきことを続けていかなくてはならないなとも常々考えています。

ーー来場するファンの声は、しっかり仲間さんの耳まで届いているんですね。

僕らは直接お客さんと話す機会も多いですし、SNSも見ています。やっぱりファンの皆様がどんな風に感じているのかはすごく気になるので。ポジティブな内容ばかりではありませんが、ファンの皆様の声には励みやヒントがたくさんあります。例えば開業直後、実は飲食部門の評判が芳しくなかったんです。沖縄アリーナの飲食部門はすべて自主事業として行っているのですが、これは全国的に見てもかなり珍しいことです。大抵外部の専門業者にお願いするのですが、我々は自分達でやろうと決めて、開業まで時間をかけて準備してきました。僕自身も初めてのことだったので試行錯誤しながら設備の選定からメニューの開発まですべてを手がけて、それこそ仕事が終わってから毎日シェフのお店に通って夜中まで開発を重ねて……といった形でものすごく力を尽くしてきました。だけど、実際に開業してみたら「美味しくない」との意見もありました。アリーナのメニューって一般的な飲食店の調理とはまったく違っていて、例えばキングスの試合であれば8500人のお客様に、試合前後を含む3〜4時間以内にどう届けるか」が大事。その運営の観点と飲食の質を上手く落とし込めていなかったんですね。

ーーファンの素直な意見とはいえ、さすがに落ち込んだのでは?

「自分は何をしていたんだろう」とヘコみましたね。でも落ち込んでいても仕方がないので、実際に食品製造をお願いしている食品工場まで行って味の修正をお願いしたり、いろいろ話し合ったりと改善に向け急いで動きました。まだまだ課題感を感じていますが、こういった改善点をすぐに知ることができるという面でも、ファンの皆様の声はとても貴重だと思っています。

ーー今、アリーナの課題として考えていることはありますか?

我々はまだ、沖縄アリーナが出せる魅力の50%も使いきれてないと思っているんです。だから100%以上の魅せ方を目指すためにどうするべきか考えることが課題ですね。課題というよりは伸びしろと言った方が適切かもしれません。だから今はワクワクする気持ちの方が大きいんです。

ーー特にここが伸び代だと考えているのは、どういったところなのでしょうか。

選手やアーティストなどの演者が作り上げる熱狂は演者とファンの化学反応的に生まれるものですが、それをより盛り立てる空間演出については、まだまだ沖縄アリーナの力を出し切れていないように感じています。

ーーまだ50%の魅力しか出しきれていないとは仰いますが、今現在の演出も目を見張るようなものばかりです。映像や照明の使い方など独自性が高い演出も多いように感じるのですが、演出のアイデアはどこから湧いてくるのでしょうか。

会場の演出による感動や空気感を生で体感するために、僕自身もチケットを買っていろいろなコンサートを観に行っています。アメリカに行ってNBAの試合を観たり、日本で配信を見たりして、いろいろなものから刺激を受けられる環境を持つことが重要なのではないかと思います。

ーー昨年のCSの際に行っていた炎の演出も素晴らしかったです。

あの演出は来場されたお客様にも喜んでいただけましたね。また、キングスの演出面で言えば、沖縄アリーナの真ん中にあるメガビジョン(510インチの大型映像装置)で流すオープニング映像にはかなり力を入れています。その映像に目を惹きつけたいからこそ、映像が流れる瞬間だけはコート上でのダンサーズの演出をやめました。

ーー足し算ではなく、引き算で魅せる演出もあるんですね。

おそらくほぼすべてのB.LEAGUEチームがオープニングでダンサーの演出を行っていると思いますし、僕たち自身もずっと行っていました。ですが、お客さんの視点をどう持っていけば最大限アリーナを活かした演出ができるかという観点から、観客の視線を散らさずメガビジョンに集中してもらえるようにダンサー演出をやめ、こだわりの映像や映像を活かすスモーク、レーザービームなどで最大限ビジョンを魅せる空間作りに振り切りました。でも必ずしもダンサーズの演出を無くすことが良いことだとは思っていません。まだまだ工夫しながら、演出効果の最大化を図っていきたいですね。



応援とは、「その瞬間、その場所だけで生まれる熱量」



ーーキングスの執行役員として、そして沖縄アリーナ株式会社の取締役としてさまざまな形で沖縄のスポーツシーンを支えている仲間さんですが、どのような時にやりがいを感じますか?

まずキングスの仲間としては、優勝した時ですね。何度も携われる瞬間ではないからこそ、あの瞬間はこれまでのすべてが報われたように感じました。やはり優勝はプロスポーツチームとして目指すべき場所ですし、選手もスタッフもみんながタイトルホルダーになることを目指して日々努力しています。それを実現でき、感無量の思いでした。一方で、試合というものは勝つ日もあれば負ける日もある、どうしても不確実なものです。だけどそんな中でもファンの皆様から「今日も楽しかったよ」「またキングスを観に来るよ」と声を掛けていただいた時は、やっぱりやっていて良かったなと思います。誰かに喜んでもらえたり感謝してもらえることで「今自分たちがやっていることは間違っていないんだな」と改めて思えますし、働くうえでの大きなモチベーションに繋がります。沖縄アリーナの立場としては、アリーナを「NBAみたいでカッコ良い」「すごいアリーナだ」と褒めてくれる声を聞いた時ですね。誰かが憧れる場所で働けているということは、自分にとってのやりがいだと思います。みんなにとっての大事なもの、憧れるものを、これからもっと大きくしていきたいです。

ーー今後の展望や目標は?

キングスでの目標は、ファンじゃない人にも「沖縄といえば琉球ゴールデンキングス」と言われる存在にすることです。今、沖縄と聞いて多くの人の頭に浮かぶものって海やリゾートだと思うのですが、そこでいちばんに想像してもらえるものがキングスでありたい。広島と言えば広島カープを連想しますよね。そんなチームになりたいんです。そのためのブランディングはまだまだできると思います。実現するまで10年、20年掛かるかもしれません。でもやれることはたくさんあると思うので、とにかく努力し続けたいと思っています。沖縄アリーナでの目標は、先ほど少しお話したように「みんなのアリーナ」として誰もが集える場所にしていくことです。シカゴ・ブルズに所属していたマイケル・ジョーダンの歴史はそのほとんどがホームアリーナであるユナイテッド・センターで生まれているように、キングスが大きくなっていけば自ずと沖縄アリーナも広がっていくと思うので、キングスというソフトを通じて沖縄アリーナというハードを知ってもらえるようになると嬉しいですね。

ーーそういった前例が生まれることは、バスケットボール界全体のボトムアップにも繋がっていきそうですね。

自分達が使命感をもって進んでいくことが他の球団を導くことになる可能性もあるのかなと思います。おこがましいかもしれませんが、日本の先頭を走る球団として使命感を持ってやっていかなくてはならないと思っています。

ーー最後に、仲間さんにとって「応援」とは?

僕が選手やアーティストなら「モチベーション」や「原動力」という言葉になると思うのですが、僕自身は自分が応援される立場にあるわけではないので、難しいですね。でも、ファンの皆さんが選手やチームに向ける応援によって生まれる熱量や熱狂が、間違いなく僕たち裏方の人間をも動かしています。その時、その場所でしか生まれない爆発的なエネルギーはいつ観ても素晴らしいものです。そして、そういった誰かのかけがえのない瞬間に立ち会えていることが、僕自身の力となっているように思います。