SPORTIST STORY
BASEBALL PLAYER
川端友紀
YUKI KAWABATA
STORY

「男に生まれていれば」とはもう思わない

「華があっても夢が無い」。そんな女子野球の今を変えようとしている選手がいる。実兄である東京ヤクルトスワローズ所属の川端慎吾選手とともに、日本初の兄妹プロ野球選手として活躍した川端友紀選手。9年間のプロ選手生活を経て一度は引退した彼女だったが、2022年に盟友・楢岡美和選手とともに『九州ハニーズ』を発足。現在は福岡県大野城市を拠点に、選手活動とチーム運営を兼務している。今彼女が目指しているのは、「野球を目指す女の子たちが夢を見られる世界」。野球に将来の夢を描けなかった自身と同じ経験をこれからの子供たちに繰り返させないため、日々女子野球界の発展を願い尽力する川端選手に、現在の女子野球を取り巻く実情と自らが率いる九州ハニーズの活動について語ってもらった。

Interview / Chikayuki Endo
Text / Remi Matsunaga 
Photo / Kyushu Honeys
Interview date / 2022.12.22



「もういちどプロの世界を作りたい」後進のためにチーム立ち上げへ



ーー選手として輝かしい成績を収めてきた川端さんですが、新たにチームを立ち上げようと思われたのは、何がきっかけだったのでしょうか。

私が栃木のチーム(エイジェック女子公式野球部)で社会人野球をやっていた時は、本当に恵まれた練習環境の中で活動できていました。だけど、他の女子野球チーム事情を聞くうちに、今のままでは女子野球はなかなか発展しないし、変化するのにもかなりの時間がかかると感じたんです。
エイジェックは飛び抜けて良い環境が整っていたけど、他のチームも同様に環境が良くなっていかないと、良い選手は続いてこない。昨年には女子プロ野球リーグが活動停止になるなど女子野球選手にとって厳しい状況が続いています。だからこそ、選手たちが野球を続けられる環境を作りたいと思い、チームの立ち上げを決意しました。私自身、以前からチームの立ち上げには興味があって「いつかは」と思っていましたし、新しくチームを立ち上げることで選手たちが野球を続けられる環境をひとつ増やすことができればいいなと思ったのがきっかけです。

ーー福岡をチームの本拠地に選んだのはどういった理由から?

候補地はたくさんありましたが、九州は特に女子野球が発展していなかったこと、さらにちょうど2022年の4月から九州リーグが立ち上がると決まっていたことから、福岡を選びました。これからリーグが立ち上がる場所に私たちのチームが誕生することは、九州を盛り上げる要素のひとつになるのではないかと思いました。

ーー立ち上げという大変なミッションを、あえて難しい場所で挑戦したのですね。

関東や関西の方が女子野球は発展していますし、試合のことを考えれば発展している場所で立ち上げた方が良いかもしれないとも考えましたが、私たちがチームを作るのは「女子野球を発展させたい」「もう一度観客を呼んで試合ができるプロの世界を作りたい」という目的のためなので。いつかは女子選手が野球だけで生活できる環境を作りたいし、そのためには女子野球を日本中で盛り上げなくてはいけないので、まだあまり発展していない場所にこそ力を入れる必要があると考えました。
あと、近年NPB球団もかなり増えてきているので、福岡ソフトバンクホークス(以下ホークス)さんにご協力いただけないかなという思いもありました。私たちのチーム名『九州ハニーズ』は、ホークスに許可をいただいて、マスコットキャラクターである「ハニーちゃん」から名付けたものです。ホークスは育成にもかなり力を入れている球団で、女子野球界発展のためにいろいろと動いてくださっています。九州ハニーズは直接的なバックアップを受けているわけではありませんが、連携を取りつつご協力いただいています。

ーーところで、チームを立ち上げる時って具体的にどんなことから始めるものなのでしょうか。

まずは資金を集めるところからですね。一緒にチームを立ち上げた楢岡選手とふたりで福岡に飛んで、スポンサー営業を行うところから始めました。最初は選手が集まるのかすごく不安で、もし選手が集まらなかったら1年目は2年目以降に選手をたくさん呼ぶための土台作りの期間にしようと考えていたんです。だからトライアウトで選手たちが集まってきてくれたのは本当にありがたかったし、ユニフォームを着て初めての試合を迎えた日は本当に嬉しかった。「これからシーズンが始まる」という気持ちで試合をやっている時、その日までのことをいろいろと思い出しましたね。

ーー川端さんは一度引退なさったのち、現役復帰されていますよね。引退を経て再び選手として活動すると決めたのは、どのような思いから?

すべてやりきった気持ちで引退したつもりでしたし、実際に指導者として活動を始めようと準備もしていたんです。でも、女子野球にまつわるいろんな話を聞いたり指導者としての勉強を重ねたりしていく中で、「選手を続けることによってできる指導方法もあるのかな」とも考えるようになりました。実際にプレーを見せながら「こうやるんだよ」と教えられるのは今しかない。指導者としての勉強をしつつ、自分の体を使って指導する道が見えたので、現役復帰を決めました。



日々のモチベーションは「野球が好きで上手くなりたい」ただそれだけ



ーーチーム立ち上げの構想から初試合の日を迎えるまで、どのくらいの期間がかかったのでしょうか。

4ヶ月ぐらいです。意外と短く感じるかもしれませんが、当時は毎日営業をしつつ練習もやっていたので、とにかく時間が足りませんでした。営業は紹介してくださった方々がどんどん繋いでくださったこともあって、想像していたよりもスムーズに進みました。周りの方にとても助けられたと思います。

ーーチームの立ち上げ業務と選手活動の両立、本当に大変だったと思います。なかでも特に苦労したことは?

いちばん大変だったのは、練習場所の確保と選手の雇用先探しです。最初のうちはスポンサー集めに駆け回っていましたが、トライアウト後は集まってくれた選手11人全員との面談を行いつつ、各選手の雇用先を紹介する必要がありました。トライアウトは1月開催だったのですが、その後2月に面談、4月には全員が働き始められる環境を作らなくてはならない状況だったので、時間もあまり無くて……。仕事先についても普通に就職するのとは違って、アスリート雇用という形で週26時間〜30時間働けて、チームからの条件や要望に応えてくださる企業を探す必要があります。さらに、なるべく各選手に合ったお仕事に就けるようにしてあげることも大切ですし、練習場所が限られているので練習場所に通える範囲内の職場を探さなくてはなりません。すべての条件を擦り合わせつつ条件に合う企業を探していくのは大変でした。

ーー各選手の要望を取りまとめたり、企業との調整を行ったりといった業務も川端さんが担っていたのですね。

まずチームとしての要望をお出ししたうえで企業との調整を行って、条件を取りまとめていきました。選手の基本的なスケジュールとしては、月曜から木曜は午前中に練習、午後は仕事。金曜日にお休みをいただいて、土日は試合を行っています。給与面については、選手も生活できないと困るので最低ラインの給与金額を最初にお願いして、それに対して企業側から「ここはもしかしたら業務の特性上残業になってしまうかもしれないです」とか、「勤務時間はこれくらいでお願いできますか」といった形での微調整が入る形で決まりました。

ーー現在その環境の中で生活する選手たちの姿を見て、いかがですか。

正直私が思い描く理想の「野球に専念できる環境」とはまだまだ程遠いので、選手たちには苦労をかけているなと思っています。だけど今集まってくれている選手はみんな本当に良い子ばかりで、いつも感謝を伝えてくれるんです。その声で「私ももっと頑張ろう」と前向きな気持ちになれる。こんなに良い選手が集まってくれて本当に良かったなと思っています。

ーー素晴らしい選手たちはチームにとって何よりの財産ですよね。先ほど雇用先確保についてのお話がありましたが、それ以外でチームを運営していく難しさを感じる場面はありますか。

硬式野球なので、練習場所がどうしても限られてしまうんです。立ち上げ当初は常に練習できるグラウンドが無かったので、九州ハニーズでコーチを務めてくださっている小林さんが経営する室内練習場を週2日ほど使用させていただいていました。平日はそこで個人能力を高めつつ、土日はどこかのグラウンドを抽選で取ってチーム練習や実践的な練習を行うような形での活動でしたね。
その後九州ハニーズが本拠地としている大野城市と、九州女子野球発展と大野城市を互いに盛り上げていこうという連携協力協定を結ばせていただいたことで、大野城市民球場という軟式専用の球場を安全面を考慮したうえで使わせていただけることになり、毎日グラウンドで練習できるようになりました。

ーー練習場所の確保と同時に、試合相手を見つけることも大変なのではないでしょうか。

練習試合の相手は中学生男子が多いです。中学2、3年生の男子だと、大体球速120キロ前後でちょうど女子選手と同じくらいなんですよね。あとは女子の高校野球部や、少し距離はあるのですが広島のはつかいちサンブレイズさんと練習試合を行うことも多いです。

ーー「もっと女子野球チーム同士での対戦を行いたい」という気持ちも、きっとありますよね。

たしかに、全日本選手権大会とクラブ選手権大会で、関東や関西を拠点とする阪神タイガース Woman、エイジェック女子硬式野球部、埼玉西武ライオンズ・レディースなどの強豪チームと試合できることを、選手たちはすごく楽しみにしています。年2回のそういった大会にモチベーションを合わせてやっている部分はありますね。でも、普段から強豪チームと試合できるのももちろん良いことですが、普段なかなか強豪チームとプレーできないからこその不安が、練習時間や練習の質を上げることに繋がっている面もあるんです。「強いチームの球を打てるのかな」、「球速をものすごく早く感じてしまうんじゃないかな」といった不安があるからこそ、積極的に練習に取り組む。選手たちが自主的に「この時間練習してもいいですか」と監督に聞いている姿を見て、「1年目からここまでになってくれるとは!」と私も驚きました。

ーー強豪チームと対戦すること以外に、日々のモチベーションとなっていることはありますか?

私含め、選手の中にあるのは「ただただ野球が好きで上手くなりたい」、それだけだと思います。

 



野球を目指す女の子たちが夢を描ける未来を作るために




ーー男性であれば甲子園やプロ、メジャーへの挑戦などその時々の目標を見つけやすいと思うのですが、一方で女子野球はまだ将来的な夢を描きにくい環境にあると思います。川端さんはお兄様もプロ野球選手として活躍されていますが、その姿を見て「自分も男だったら」という思いに駆られたことは無かったのでしょうか。

子供の頃はいつも思っていましたね。小学生の時すでに「男の子はいいな」と思っていましたし、兄が目の前で「甲子園で活躍してプロ野球選手になりたいです」って胸を張って言っているのを見て、それを口にできることが羨ましかった。でも、今は「男だったら」とは思わなくなりました。どうしてそう思えるようになったのかはわかりませんが、きっと「女子でもこれだけできる」というのを見せたい気持ちの方が大きくなったからかな。女子でもホームランを打てるってところを見せたいし、「女子なのにすごい」と言われるのも純粋に嬉しい。もちろん「自分が男だったらどんな道を歩んだんだろう」と考えたこともありますが、女子は女子で今みんなで野球を盛り上げていこうとしているから、将来についてもすごく前向きに考えられる。だから今は女子競技も女子競技で面白いなと思っています。
ただ同時に、野球を目指す女の子たちが夢を描ける環境は、絶対に必要だとも思っています。
私は中学からソフトボールに転向したことで「ソフトボールでオリンピックに出るのが目標です」と言えるようになりましたが、ソフトボールがオリンピック競技から外れてしまったことで、一時はその夢も失いました。でもその後女子プロ野球リーグができたことで、「入団して首位打者になりたい」「優勝したい」といった夢を再び持つことができたんです。
だから、女子プロ野球リーグが無くなってしまった今、全国の女子野球を頑張っている子供たちは、きっとどこを目標に頑張れば良いのかわからない状況だと思うんです。それなら今度は、私達が新たに目標を持てる世界を作っていかなくちゃいけない。今の私の目標は、女子野球に子供たちが夢を見られる世界を作ることです。そのためには技術向上も必須だと思います。やっぱりプレーを見て、「面白い、もう一度観たい」と思ってもらえる女子野球にしていかなくてはいけないと思うので。

ーープロ化していく=興行として行っていくうえで、「チケット代を払って試合を観たい」と思ってくれる観客を増やしていかなくてはならないことも課題のひとつですよね。

九州リーグはまだ学生との試合が多いので、興行として行えない難しさはありますね。ただ女子野球そのものについては、興行としてのポテンシャルは高いと思っているんです。例えば私が埼玉アストライアでプレーしていた頃は、年間通して平均1000人以上の観客が入っていました。多い時には1万人近くを動員したこともあったので、そういった実績を考えると、今後同様のシーンを作っていくのは不可能ではないと思っています


ーー日本国内で女子プロ野球を盛り上げていこうという流れの時、選手がある種アイドル的に扱われることもあったように思います。川端選手自身もその潮流の中にいたこともあると思うのですが、当時はどのような心境で普及活動に取り組まれていたのでしょうか。

今と変わらず、女子野球を発展させたい思いだけでした。「試合を見に来てもらうためにはどうすればいいのか」「自分達にできることは何なのか」がいちばんだったので、球団やリーグに協力を要請されたら、それが女子野球の盛り上がりに繋がるならという思いでなるべく協力してきました。

ーー本来の仕事以外の部分で嫌な目に遭うことはありませんでしたか?

それはもう、たくさんありました(笑)。 でもそういう地道な活動がいろんな繋がりを生むこともあるので、なるべく前向きに捉えて取り組んでいたつもりです。

ーー引退前の現役時代には、他にもさまざまな活動に取り組まれていましたよね。

女子プロ野球時代に経験して良かったことは今もどんどん取り入れていこうと思っているのですが、なかでも子供向けの野球教室は特に経験しておいて良かったなと思っていることのひとつです。当時はリーグ全体で年間800回くらいやっていて、今はそこまでの数を行えていませんが、継続して取り組んでいきたい活動です。今の子供たちは広い場所でボール遊びをする機会が少ないせいか、投げる力がすごく落ちているそうなんです。先生たちも投げ方をなかなか教えられないという話を聞いて、女子野球の選手たちが小学校の授業で投げ方を教える活動や野球教室イベントなどを企画するようになったのですが、その結果子供たちの投げる力が年々伸びてきているという報告をいただいて。これはすごく嬉しかったですね。

ーーイベントはご自身のやる気にも繋がりますか?

子供たちが喜んでくれている姿を見ると、準備は大変だけどやって良かったなといつも思います。「楽しかった、またやりたい」と言ってくれる声が本当に嬉しい。これをきっかけに野球を始める子が増えてくれて、その子たちといつかまた野球の場で出会えたらいいなと思ったりもしています。

ーー日本では子供が野球をできる環境が減ってきているうえ、女性がスポーツを生業としてやっていける土壌ががあるとは言い難い状況です。女子野球にとってネガティブな要素が多い中、女子野球を広めていくということを川端さんはどう考えているのでしょうか。

少子化や野球人口の減少はよく耳にしますが、実は野球を観る人の数はそんなに減ってないんじゃないかなと思っています。テレビ放送は減っているけど、日本に住んでいればみんな一度はテレビや街中で野球を見たことがあると思うし、他のスポーツに比べると目にする機会が比較的多い競技ですよね。男子野球が世の中に広まっている分、女子野球も他の競技に比べて伝えやすい部分はあるはず。女子野球に興味を持ってもらえるかは私たちの技術にかかっているのでレベルアップしていく必要がありますが、野球というカテゴリで言えば前向きなイメージです。

ーー女子競技が男子に比べて拡大しにくい背景には、フィジカルの差から生まれる固定概念もあるように思います。

確かに、男子に比べるとホームランがなかなか出なかったり、パワーやスピードでは男子野球には追いつけなかったりといった面もありますし、それによって「男子に比べて迫力に欠ける」と思われがちかもしれません。ただ、男性よりも力が弱いからこそ女子野球は技術を磨かないといけないので、パワーでごまかすことができない分、体の使い方や磨かれた技術で魅せる面白さがあると思います。男の子でも、体が小さくてパワーが無いことに悩んでいる子は多いはず。でも野球界には、ホームランを打てる選手も、守備がすごく上手な選手も、継ぐのが上手い選手もいます。男女問わずいろんなタイプの選手が活躍できて、体格やパワーの違いだけで活躍できるか否かが決まるわけじゃないのが野球の良いところなんです。フィジカル面で悩んでいる男性選手にも、男性より力の弱い女性ならではの観点で伝えることで、新たな視点を得て貰える部分はあると思います。特に力のない体でパフォーマンスをする子供たちにとっては、女子野球の方が男子野球よりも近いところにあると思いますし、子供野球の指導に関してはフィジカル面で条件が近い女子選手の方が伝わりやすいと言われたこともあるんですよ。

ーー個人的に、女性の野球指導者が増えてほしいと思っているんです。女子野球チームを見ても、指導者は男性というパターンが多いですよね。選手としての道を歩みにくいことももちろんですが、引退後のキャリアも課題のひとつではないでしょうか。

女子選手が指導者として勉強できる場所は少ないので、今はいきなり実践しながら学んでいくしか無い状況なんですよね。日本で現在活躍している女性監督はまだまだ少ないですが、その状況の中で活躍されている方としていちばんに思い浮かぶのは茨城ゴールデン・ゴールズで監督を務めている片岡安祐美さんでしょうか。男性チームで女性監督というのは、日本ではまだ珍しいと思います。先日、メジャーリーグでも女性コーチが入ったことが話題になっていましたが、今後日本でもそういったセカンドキャリアが選択肢に入るようになって、野球を職業にできる受け皿がもっとしっかりとしたものになっていけば、女子野球界もより発展するし、プロを目指せる子供たちも増えてくるのではないかと思います。



応援とは、感謝の気持ち



ーーこれまで選手として感じてきた応援と、指導者として感じる応援はやっぱり違うものですか?

まったく違いますね。選手として感じる応援は、試合に足を運んでくれた人たちから湧き上がる、打席に立った時に感じる声援。試合に勝っても負けても選手と同じ感情で喜んだり悔しがったりしてくれるファンの人たちから直に感じるパワーが、何よりの力になっていました。運営する側や指導者として感じる応援は、私たちの夢を話した時に一緒になって考えてくれたり、意見をくれたり、一緒になって創っていこうとしてくれる気持ちや行動。これもすごくありがたいし、嬉しい応援です。

ーー川端さんは今、選手や子供たちを応援する立場でもありますよね。

子供たちに対しては、一生懸命野球を頑張っている子に出会うといつも「何かしてあげたい、応援したい」という気持ちになります。選手たちは一緒に良いチームを作っていく仲間でもあるので、応援しているし、私も応援してもらっています。だから選手に対しては自分が応援しているというより、支えあったり助け合ったりしているイメージですね。

ーー女子野球チームへの所属は、選手たちにとってまだまだ険しい道なのでしょうか。

九州ハニーズもまだ1年目なのでたくさん選手を採れるわけではありません。トライアウトを行って、年に数人しか増やせないのが現状です。選手たちにはなるべく野球に集中して取り組める環境を整備してあげたいのですが、たくさんの人数を抱えれば抱えるほどそれが難しくなってしまう。なるべく選手に負担をかけず、良い環境を叶えるために人数制限が必要というのが、正直なところです。

ーーたくさん迎え入れたい気持ちはあるけど、運営との両立もある。ジレンマですね。

今年は全部で13人だから遠征にも全員で行けましたが、来年選手が増えた時にどうなるか。怪我人の残留や、大会によっては人数制限が発生することもあるので、その場合は自費や残留になる可能性もあります。

ーーそういった環境が切磋琢磨に繋がる部分もあるとは思いますが、運営としては本来はカバーしたいところですよね。運営上で壁に当たった時のメンタルコントロールは、どのように行っていますか。

運営については楢岡選手と二人三脚で行っているので、お互いメンタルをやられないよう、何かあった時は相談するようにしています。

ーー共にチームを立ち上げた楢岡選手は、川端さんにとってとても大きな存在なんですね。

楢岡さんの存在はとても大きいです。お互いを応援しながら取り組んでいる部分はすごくあると思うし、嫌なことや落ち込むことがあってもすぐ笑いに変えられる。別に意識してやっているわけでは無いんですけど、辛いことをいつまでも引きずらないよう、お互いが笑える会話になるんですよね。これまでもそれに救われてきたし、チームの立ち上げもひとりでは絶対にできなかったと思います。今は身近に励ましてくれる方もたくさんいて、大野城市の地域の方々とも楽しい時間をいつも共にしています。これも九州ハニーズを作ったからこそ得られた関係です。いつも応援してくれる、本当にありがたい存在です。

ーー最後に、川端さんにとって「応援」とは?

ありきたりですけど、「感謝」ですね。感謝しかありません。

応援してもらえることが活動していく力になるし、応援してくれる人たちの存在がないと私たちは野球もできない。応援がなければ今の自分達はいないと思うので、これまで関わってくれたすべての方に本当に感謝しています。選手時代も周りの人に感謝していましたが、九州ハニーズを立ち上げてからその気持ちはより強まったように感じています。