SPORTIST STORY
ICE HOCKEY PLAYER
ティム・ヘンリックソン
TIM HENRIKSSON
STORY

異国の地、日本での挑戦。アイスホッケーと経済学。

今年横浜GRITSへの入団を決めたTim Henriksson(ティム・ヘンリックソン)選手。幼少時から氷に親しんできた生粋のアイスホッケープレーヤーである彼が、アイスホッケー強豪国である母国スウェーデンから日本へ留学を決めた理由とは?日本のアイスホッケー界やファンに抱く気持ちなど、来日したての今感じているさまざまなことを練習後のリンクで語ってもらった。
※本インタビューは2023年11月、ティム選手の退団決定前に収録されたものです

Interview / Katsuaki Sato & Yuga Yanagisawa
Text / Remi Matsunaga
Photo / Naoto Shimada
Interview date / 2023.11.09



大学での専攻は経済学!プロ活動と学業を両立させながらの日本生活



ーーアイスホッケーには幼少期から慣れ親しんでいたのですか?

ご存知の通りスウェーデンはアイスホッケーが有名なので、スウェーデンの子供たちはみんなアイスホッケーかサッカーを習っています。僕自身も小さな頃から父が家の庭に作ってくれたアイスの上で兄と一緒に遊んだり、ホッケーを楽しんだりしていました。氷やアイスホッケーが身近にあるのがあたりまえな環境で育ってきたので、本格的にアイスホッケーを習い始めるのも必然でしたね。ちゃんと習い始めたのは3〜4歳頃だったかな。

ーー子供の頃はアイスホッケー以外のスポーツもやっていましたか?

両親は僕にいろいろなスポーツを体験させたいと考えたようで、アイスホッケー以外にもサッカー、体操、テニス、卓球などさまざまなスポーツに触れさせてくれました。15歳まではサッカーとアイスホッケーの両方をやっていたのですが、その後どちらを続けていくか考えた時に、「自分はアイスホッケーの方が得意だな」と思ったのでアイスホッケーを選びました。

ーーアイスホッケーのプロ選手になろうと考え始めたのはいつごろ?

子供の頃から「プロになりたい」という思いは常にありました。僕も含めて、スウェーデンの子供なら誰もがアイスホッケーのプロ選手になることを夢見ると思います。先ほど話したとおり幼少期からいろいろなスポーツに慣れ親しんできましたが、その中でもアイスホッケーは僕にとって常にNo.1の存在でした。

ーースウェーデンはアイスホッケー強豪国ですので、幼少期からライバルが多い環境だったのでは?

その通り。例えばスウェーデンでアイスホッケーの強豪校へ入ろうと思うと、2、300人中のたったひとりに選ばれなければなりません。大変難しい状況ではありましたが僕は幸運にもそのひとりに選ばれ、アイスホッケーの強豪校に入学することができました。しかし、それは同時に親元を離れ、16歳にして別の街で暮らすことでもありました。進学した高校では良い環境、教育、教授、そしてとても良い友人に恵まれました。当時寂しい思いもしましたが、あの時の経験が今に活きていると思います。

ーーティム選手は高校卒業後スウェーデンの大学に進学し、現在は留学生という形で神奈川大学に在籍しているそうですね。日本への留学はどのような経緯で決まったのでしょうか。

入学したのはスウェーデンの大学だったのですが、実は僕が日本へ来る前に暮らしていたのはカナダのバンクーバー。授業もリモートで受けていました。大学では経済学を専攻しているのですが、勉強していくうえで海外のビジネスカルチャーについて触れてみたいと思っていたところ、大学のプログラムで留学できることがわかったんです。もともと日本には個人的に興味を持っていましたし、リアルな日本文化にも触れてみたいと思ったので、スウェーデンの大学と繋がりがあった神奈川大学への留学を決めました。

ーーということは、アイスホッケーありきでの留学ではなかったのですね。

留学を決めたのは大学のプログラムに則っての選択でしたが、神奈川大学について調べていく中で近くにアイスホッケーチーム(横浜GRITS)があると知ったので、それからは横浜GRITSに対して水面下でいろいろとコンタクトを取っていましたよ(笑)。

ーーそうだったのですね!しかし、母国であるスウェーデンやティム選手がこれまでプレー経験のあるアメリカ、フランス等に比べると日本はまだまだアイスホッケー後進国です。そういった環境に身を置くことへの抵抗感などはありませんでしたか?

新しい環境でプレーすることがとても楽しみだったので、日本でプレーすることへの不安や抵抗はまったくありませんでした。



恐れず主張することでコミュニケーションはより活性化できるはず



(左側:アレックス・ラウター選手、右側:ティム・ヘンリックソン選手)

ーー実際に日本でプレーしてみて、どんな感想を持ちましたか?

とても楽しいですし、同時に母国との違いも感じます。例えば戦術。スウェーデンのアイスホッケーは戦術を重視する傾向にあるので、選手もいろいろなことを考えて動くことがベースにありますが、日本の場合はスウェーデンよりも、より素早くダイレクトに動くことを求められる場面が多いですね。スウェーデンの場合は、例えば守りに入ったとしたらいちどしっかりバックアップし、組織を整えてからゲームを構築していくことが多いです。こういった違いもプレーしていて面白いと感じる理由のひとつです。

ーー日本のアイスホッケーと強豪国であるスウェーデンの違いは、どういったところにあると思いますか。

日本では「5歳から15歳までのスケート教室」といったように広い年齢幅をもったスクールが一般的ですが、スウェーデンでは「5歳の教室」「6歳の教室」といった形で、かなり細分化されています。各年齢ごとに高いレベルで競いあえること、そしていつでもスケートができる場所が多いことなどは日本と異なるところだと思いますし、こういった環境の差は大きく影響しているのではないかと思います。

ーー日本がより強くなっていくために改善するところがあるとしたら、どんなところでしょうか?

スウェーデンに比べて日本の方々はとても丁寧ですが、それには良い側面と悪い側面がありますね。例えば僕が「黒が良い」と言ったとして、相手が心の中で「黒は微妙だな」と思っていたとしても、「そうじゃない、黒はあまり良くないよ」とはあまり言わないように感じています。何かを問いかけた際に濁すような答えを返されることも多いし、自己主張が足りないのではないかとは思う場面はよくありますね。上下関係についても同じで、日本では目上の人を敬う文化がありますが、目上の人が言ったことであれば何でも聞き入れなくてはならないような雰囲気もありますよね。だけど、目上の人だからといって常に正しいわけではないですし、下の立場の人の意見にも必ず良いものはあるはずなのに、受け入れてもらいにくい風潮がある。これが強くなっていくための弊害になってしまっているように思います。みんな主張することをちょっと恐れているように感じるし、むしろ周りの人々に対しても同じように「あまり主張しないようにしてほしい」と思っている気もしますが、そういったところを改善することができればもっとコミュニケーションを取れるようになりますし、それが強さに繋がっていくのではないかなと思います。

ーーティム選手が日本に来られてからちょうど2ヶ月程経ちましたが、大学での生活はいかがですか。

スウェーデンの大学では「経済学を学ぶ」と決めたら、経済学だけを深く掘り下げて学びます。しかし、日本の大学はいろいろな講義を取って、表面的ではありますが幅広い分野を学ぶ傾向にあるので、いろいろなものに興味を持つきっかけに繋がりやすいように思います。ただ、大学の授業中に寝てしまう生徒がいるのには驚きました。スウェーデンではそんな生徒はいません。あと、スウェーデンでは1日5、6時間は必ず大学で勉強しますが、日本の大学は勉強する時間がすごく短い。そういう面では、日本の大学の方がすごく楽ですね(笑)。

ーー日本の食事は口に合いましたか?

とんかつも、日本のカレーも大好きです。もちろんラーメンも!今住んでいる家の近くにカレー屋さんがあるのですが、そこには週3、4回は通っています。

ーー日本で行ってみたい場所は?

まず北海道へスキーに行きたいです。あとは京都、大阪、沖縄にも行ってみたいですね。

ーー好きな日本語はありますか?

「おつ」かな。お疲れ様、の「おつ!」が好きです(笑)。池田選手(横浜GRITS #97 / 池田涼希)がいつも試合や練習後に使います。

ーー日本で達成したい目標は?

とても難しいですが日本語を話せるようになりたいですし、日本のさまざまな文化も学びたいです。そして、1試合でも多く勝つことも目標です。



人生を最も楽しんだ幸せな人が最終的な勝者



ーーティム選手は、自身をどんな特徴のある選手だと捉えていますか?

氷上では身長やリーチを活かしたプレーが得意なので、そういった面ではチームに良い影響を与えられていると思います。氷上以外の部分でも戦術やアイデアなど自分の中に秘めているものはまだまだたくさんあるのですが、今はまだチームに入団してあまり経っていないこともありそこまで共有できていないので、これからどんどん発信していきたいですね。それらをチームで体現できるようになれば、横浜GRITSはより良い形になっていくんじゃないかと思っています。

ーー横浜GRITSでのチームメイトだった平野裕志朗選手が日本から海外へ挑戦するべくアメリカへ向かいましたね。彼の挑戦については、どう感じていますか?

彼とは練習を一緒に行ったこともあるのですが、とても良いチャレンジだと思います。より高いレベルを目指して挑戦することは、本当に素晴らしいことです。

ーーティム選手は、横浜GRITSのどんなところが好きですか?

自分のキャリアを構築するうえで、横浜GRITSはとても良いチームだと感じました。横浜GRITSに在籍しているほとんどの選手はアイスホッケーをしながら、日常的に仕事も行わなくてはならない環境です。僕自身も大学に通いながらアイスホッケーをしています。とても厳しい環境ですが、しかしそういった環境に身を置くことが、自身の鍛錬にもなっていると思います。こういった環境の中で努力を続ければ、人間としてすごく成長することができるんじゃないかと考えています。

ーー実は今横浜GRITSは連敗中だとお聞きしました。これまでのキャリアの中でこれほど負け続けた経験はありましたか?

いえ、ここまで負け続けた経験は今回が初めてです。

ーー来たばかりの国で経験のない連敗となると、穏やかなメンタルでいられないこともあるのでは?

もちろん楽しい状況ではありませんが、やっぱり勝つためにはポジティブに続けていかなくてはなりません。このマインドはチーム全体で共有できていると思うので、この先も前を向いてやっていくしかないですね。

ーー応援してくれているファンに対しては、どんな思いを抱いているのでしょうか。

どれだけ負け続けても必ず来てくれる人たちがいるのはすごいことだと思います。どんなことがあっても応援し続けてくれる彼らから貰えるエネルギーはやっぱりすごく力になるし、嬉しいです。彼らのためにも、1試合でも多く勝ちたいですね。

ーー最後に、ティム選手にとって「応援」とは?

応援について考えるとき、ホッケーができるように家族がどれほど私にしてくれたかを思い出します。彼らがいなければホッケーをすることもできなかったかもしれません。彼らのサポートは困難な時の助けとなり、何かを達成したり大きな事を成し遂げたりするうえでの楽しみでもあります。また、日本のホッケーファンからの応援は私にとって重要な意味を持ちます。特にアリーナで応援してくれている姿から、その熱量の高さを感じます。ファンひとりひとりが日々一生懸命働いて得たお金を投じて私たちのプレーを見に来てくれていますから、アイスホッケー観戦という体験をできるだけ楽しいものにしようと努めています。試合後に私たちを待っていてくれたり、話しかけたりしてくれると本当に嬉しいです。私は彼らをできるだけ笑顔にしたいですし、日頃の感謝を伝えられるよう心掛けています。なぜならファンがいなければ、試合はその「重要性」を失うも同然だからです。ホッケーや人生では、楽しむことの大切さを忘れてはいけません。勝利だけがすべてではなく、試合を楽しむこと、そして人生の中で良い時間を過ごすことが大切です。人生を最も楽しんだ幸せな人が最終的な勝者だと思います。